~SIDE 彪×ナタリー~(後)

 そう言って彪は男子生徒に背を向け、魔物の群れを前に、肩越しに親指を立てて見せる。


「ちなみにオレはあいつより強い。うおおおおおお、ホワァーッチャア!」


 雄叫びを上げ、宝石騎士の間から魔物の中へと飛び込んでいく。


「なんなんだあいつ……武器も持たずに突撃するとか、正気かよ……」


 唖然とする声を背中に聞きながら、手近なコボルトを三匹ほど一気に蹴り飛ばした。


「(オレ、今チョーカッコいい!)」


 ガッツポーズをとった腕で、そのままリザードマンの顎にアッパーをぶち込む。凄まじい勢いでナタリーへと近づいていった彪は、はたと快進撃の手を止めた。


「わわっ、きゃあああ――――――!?」


 ナタリーが仔龍から捕まっていたのだ。琥珀獅子に乗っていては格好の的だったのだろう。

 許せない。彪は歯を食いしばり、コボルト、リザードマンという順で肩を蹴り上がり、ハーピィの頭を踏み切って跳躍。肩関節の限界まで腕を伸ばす。

 辛うじて抱き抱えることに成功したナタリーを離さないよう、着地。やや遅れて落ちてきた帽子を危なげなくキャッチして、彼女に被せてあげる。


「大丈夫?」

「は、はいっ。ありがとうございますっ!」


 彪は笑顔を返して、仔龍を見上げる。怒った龍が吐いてきた炎のブレスが降り注いできたが、琥珀獅子が軽快なフットワークで運んでくれたおかげで難を逃れることができた。


「このままじゃまずいな。ナタリー、俺に、鎧の魔法をかけてくれないか?」

「えっ、どうしてそれを……それに、わたしの名前まで……?」

「話はあとだ。部位は適宜オレが指示するから、まずは翼をくれ」


 捲し立てられて、あわあわと目を回していたナタリーは、一度大きく深呼吸する。


「わかりました、【金剛武装ディアマント・ゼーゲンフリューゲル】!」


 彼女が指揮棒のように指を振った瞬間、彪は上半身にずっしりと重みがかかるのを感じた。

 胸囲を囲むように取り付けられた枠の背中部分から、日の光を通してきらめくダイヤモンドの翼が拡がる。細かい結晶が連なってできたそれは、面白いほど意のままに動いてくれた。


「本当に翼が生えてるみたいだな。うし、覚悟しろユベルドラッヘ・ベビー」


 再び炎を吐くつもりだった仔龍が、突然迫ってきた疑似鳥人にたじろいだ。口内の噴煙の勢いがわずかに緩んだ隙に、彪は仔龍の頭を追い越していく。


「さぁて、悪い子におしおきの時間だ――ナタリー、鎧を頭に!」

「はいっ、【金剛武装ディアマント・ゼーゲンコップフ】!」

「金成流奥義・ヘッドバットォ!」


 自分も技名を叫んでみたかった彪は、満面の笑顔と大声で額を叩きつける。

 仔龍は額への衝撃と、無理やり閉じられた口内で爆発した炎に、目から星を飛ばした。


「翼と兜を消して、右手だけにくれ!」


 眼下に落下していく仔龍を捉えながら、彪が叫ぶ。


「お、落ちちゃいますよ!?」

「大丈夫、むしろ落ちるためだから!」


 そんな、不可解な指示に困惑しながらも、ナタリーは応えてくれた。


「お願い、【金剛武装ディアマント・ゼーゲン手甲ハント】!」

「金成流奥義ぃぃぃぃぃぃ――」


 ダイヤの籠手を装着した彪は、上空から重みに任せて落下を始める。


「スーパーキリモミパァァァァンチッ!」


 遠心力を利用した鉄拳を叩きつけると、完全に伸びた仔龍は、金貨となって消滅した。

 実感が湧かず、彪は自分の拳をしげしげと眺める。しかし、これが夢ではないということは、足元の輝きが教えてくれた。いつの間に、周囲の敵も宝石騎士によって一掃されている。


「いよっしゃぁぁぁ! やったなナタリー、黒龍を倒した!」

「わっ、わわわっ!? やぁめぇてぇぇ……」


 思わずナタリーの手を取って振り回してしまい、可愛らしい悲鳴を上げられてしまう。


「ごめんごめん。でも、君がいなかったら戦えなかったよ。ありがとう、ナタリー」

「えっと……ごめんなさい。わたし、あなたの名前を知らなくて」

「オレは彪。金成彪だ」


 おずおずと見つめてくる瞳に、彪は照れくさくなって鼻を掻く。すると、


「あわわ、アキラさん、怪我してますよ!?」


 指を見たナタリーが飛び上がった。黒龍に止めを刺した際に、鱗か何かで切ってしまったのだろうか。ひとさし指にできていた小さな切り傷から、つぅ、と嫌な血が流れている。


「あー……これは後で痒くなるやつだな。でも大丈夫、舐めとけば治るから」


 適当に血を拭って放置しようとした指は、しかし、ナタリーから手首ごと掴まれてしまった。


「だめですっ! ちゃんと手当しないと――誰か、治癒魔法使える子、いない?」


 バリケードの向こうに呼びかける。しかし、これまで散々馬鹿にしてきた手前言い出しづらいのか、生徒たちは気まずそうに俯いたままで、名乗り出る者はいなかった。

 彪の指と生徒たちとを忙しなく見比べていたナタリーは、突然、決心したように頷くと、


「あむ……ちゅ、はふぅ……」


 おもむろに指を咥え、患部に舌を這わせてきた。


「な、ななななナタリー!? ちょっ、何をしてるの!?」

「らめれす、にげないれくらさい……んむっ、ちゅる、ちゅっ……」


 子犬のようにちろちろと吸い上げる温かい感触に、彪は意識が飛びそうだった。否、飛んだ。


「ぷはぁっ……、あ……れっ? もしかして、わたし……」


 ようやく唇を離したナタリーは、半分白目を剥いて天国へ逝きかけている彪を見て、


「あわわ、わわっ……アキラさん、アキラさぁん!?」


 半狂乱で生徒たちに救いを求める視線を送ったが、今度もまた目を逸らされてしまう。ただその理由は大きく変わっており、目の前で展開された恥ずかしい光景から逃れるためだった。

 やがて、自分がしでかしたことの意味に気づき、ぼふっ、と顔から湯気を出したナタリーは、


「えーっと……。それじゃ、他のところも……助けに行こうか?」

「は、はいぃ……」


 正気を取り戻した彪に手を引かれている間、帽子から顔を出すことはなかった。

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