降ってきた女の子

 城内は活気づいていた。ベスト姿の青年に、可愛らしいポンチョを纏った女性。麻のシャツ一枚で走り回る子どもからローブを引き擦るように歩く老人まで、様々な人が行き交っている。

 その中を縫うように、或鳩たちは街を散策していた。

 通りは広く、挟んで両側には思い思いの露店が軒を連ねている。瑞々しい果実の入った篭が並んでいる店、服や雑貨でびっしりと埋まった店。店の中央に机と水晶しかない所もあった。


「見ろ、武器屋もあるみたいだぜ」


 星呉が促した一角には、大小様々な剣や、槍などの類も取りそろえた店が構えられていた。無骨そうなオヤジがカウンターにどっかと座り、何やら図面とにらみ合いをしている。


「認めざるを得ないね。ここは僕らのいた世界じゃない」

「まだ認めてなかったのか」


 ようやく白旗を掲げた或鳩に、彪は苦笑した。それを知ってか知らずか、或鳩は降参の姿勢を一転、腕を組み、一人満足げに頷いている。


「しかし興味深いよ。タイムスリップも空間転移も実現できてないのに、次元を超えるなんて」

「まるで仮想世界アンダーワールドにいるみたいだぜ」

「何言ってるのさ? ここが仮想世界じゃないのは明らかだ。僕らの外見的特徴に変化がないことから、アバターでないことくらい容易に判断できる。ステイシアの窓は開けるかい?」

「そもそも『フランドルフ』はヴァーチャルリアリティどころか、MMOですらないしな」


 あごをしゃくれさせた或鳩に続いて彪にもたたみ掛けられ、星呉は唸る。


「……じゃあ、仮想現実マトリックス

「確かに、仮想世界を否定した根拠の部分はクリアしてるけど、それも違う。僕らは元の世界とこの世界の二つを知ってるけれど、元の世界の僕らはカプセルに閉じ込められてた?」

「それなら! ……もういいわ」


 苦し紛れの代案もばっさりと切られ、星呉が悄然と肩を落とした。その時だった。


「このクソガキが! 今日という今日は許さないからね!」

「「「な、何だ?」」」


 響く怒声に、或鳩たちは視線を彷徨わせる。ぱっと前方の人だかりが割れたかと思うと、まだ幼い少年が飛び出してくるのが見えた。その後をエプロン姿のおばさんが追いかけてくる。


「飯屋のせがれだからって、客に出す料理を盗み食いしていいわけないでしょうが!」

「ちょっと昼メシつまみ食いしただけじゃん、いちいちうるさいんだよババア!」


 少年が放った言葉に、おばさんはみるみる鬼の形相へと変化していく。逃げる首根っこを必ずや捕まえるべく、彼女が右手を伸ばしたかと思うと、ぴたりと走る足を止めた。


「親に向かってババァとは、もう情け不要だね! ――【稲妻呪文ブリッツ】!」


 頭上にかざした手によって、金色に光る魔方陣が宙に描かれていく。そのまばゆさが増した一瞬の後で、轟音。槍のように放たれた一条の雷が、少年の背中を撃ち抜いた。

 悲鳴を残し、ぷすぷすと煙を上げて倒れた少年に悠々と歩み寄ると、おばさんはその首をわっしと掴んだ。この辺りではお馴染みのやりとりなのだろう、すっかり大人しくなった息子をずるずると伴って引き上げる母の姿に、通行人たちから労いの言葉や拍手が次々と送られる。


 その光景を、或鳩たちは呆気にとられて見つめていた。


「……今の、見たか?」


 最初に口を開いたのは彪だった。星呉がぽかんと口を開けたままで頷き返す。


「……ああ。文字通り母親の雷が落ちてたわ」

「まったく、比喩の風情もあったもんじゃないけれどね」


 かぶりを振りながら吐き捨てた或鳩に、星呉が唖然とした顔になる。


「驚いたぜ。『歩く嫌味百科事典』のお前にも、風情なんて嗜む心があったんだな」


 散々喩えを否定されたことへの精いっぱいの反撃だったが、しかし、或鳩は平然と、


「この目で魔法を見るんだよ? まぁ、雷でコインでも撃ってくれてたなら僕様も拍手を送ってたけどね」


 分かってないな、と嘲るような目をした彼の肩越しに、彪が相手にするなと首を振っていた。


 その後も町を散策していると、やがて広場に出た。城下の各方面へと放射状に続く道が集束する中心部には円形の水場が設けられており、様々な緑が萌える庭園が続いている。

 その奥には、城壁の外からも確認できた、大きな宮殿がそびえ立っていた。


 ファザードの全面を飾る壁にはガラスが混ぜられているのだろう。磨き上げられた石たちは、微かながらも優雅な虹の光彩を演出している。煉瓦で織りなされる四隅の尖塔は繊細かつ精巧で、居住のためではなく、芸術を探求するためだけに建造したのではないかと思わせるほどだ。


「凄い、まるでガウディの再来だよ。入ってもいいかな」

「待て、無理だ」


 誘われるように足が動いた或鳩を、彪が引き留める。幾人かの兵士が守っている門戸に、気安く入ることができないのは明白だった。


「仕方ない。とりあえずその辺回ってみようぜ」


 星呉の提案に頷き、或鳩たちは広場の隅の方を移動しながら城の裏手を目指すことにした。

 塔の一基の根本である、丸く膨らんだ城の角まで来たところで、三人は足を止める。


「ふう。どうやら見つからずに済んだみたいだぜ」

「でもいいのか? ここまでは一般人も来てないし、バレたら処刑とかされるんじゃ……」


 一息をつく星呉の隣で、彪が不安げに壁にもたれた。


「はん、この意気地なしどもめ。二人が休んでる間に僕様だけで探索してくるよ」


 鼻を鳴らし、それじゃ、と軽く手を挙げた或鳩が数歩踏み出したところで、


「やだ、人がいたの!? そこの子、どどど、どいてぇ!」


 頭上から降ってきた声に頭を上げ――


「うわっぷ!?」


 ――る前に、彼は押し潰されていた。


「……うわ、女の子が落ちてきた」


 ぽかーんと口を開ける彪に、隣で星呉がこくこくと頷く。


 うつ伏せに倒れた或鳩の上に、少女が乗っていた。ひざ裏まで覆う革製のすすけたクロークと、口元をスカーフで隠している姿は不審者そのもの。しかし、フードからはみ出して肩にかかる赤髪に、髪の色をそのままクリスタルにしたような瞳は、どこか気品を感じさせた。

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