自称宰相

 いくら知識の豊富な人とて、初めてプレイするゲームではマップの把握ができていないもの。それは、実際に『フランドルフ』の本編をプレイするに至っていない彼らも同様だった。


「僕様としたことが、見失うとはね」


 フローリアを訪ねて城門の外までやってきた或鳩たちは、草の上で寝転び、ぼけーっと空を眺めていた。雲を一つ数えるごとに三つずつ増えるため息を、昇りきった太陽がせせら笑う。


「仕方ない。フローリア以外のキャラを探そう」

「「賛成」」


 日射しに根負けした或鳩が渋々立ち上がり、ついで彪と星呉も体を起こしたところで、


「ようやく見つけましたよ」

「なぁ或鳩、何か言ったか?」

「僕様じゃない」「俺でもねぇよ?」


 不意に聞こえた甲高い声に、三人は互いを見やっては首を振る。


「皆さんの足下ですよ」


 再び声。言われるままに視線を落とすと、或鳩の足程もの大きさのネズミがいた。


「――魔物だ、踏みつぶせ!」


 間髪入れずに足を揚げられ、ネズミは慌てて嘆願する。


「私は魔物ではございません、どうかおやめください!」


 にわかに足の下ろし場所を失って逡巡した或鳩だったが、しかし、すぐに気を取り直し、


「人語を喋るネズミなんて夢の国以外にいるものか、殺せ!」

「いやいるだろ」


 星呉のツッコミも無視して靴底を地面に叩きつけた。間一髪で躱したネズミは、必死の説得を続けてくる。


「魔法で憑依しているだけで、私は人間ですよ! ラーゼンと申します。我がフランドルフ国で宰相を務めております」


 後ろ足で立ち、忙しなく頭を垂れるネズミ。幸い三人とも、ラーゼンという名前のキャラクターに心当たりはあった。ひとまず攻撃をやめた或鳩は、彪たちに並んで座り直す。


「現れる予定だった場所にいらっしゃらず、探しましたよ」

「じゃあ、君が僕らをフランドルフに召喚したの?」

「ええ。詳しいことは王宮でお話し致します。どうぞ、ついてきてください」


 返答もそこそこに用件だけ伝えると、ラーゼンは踵を返し、移動を促してきた。

 或鳩たちは顔を突き合せ、彼に聞こえないよう声を潜める。


「なぁどうする?」

「宰相なんて胡散臭い。ファンタジー作品じゃ裏切り者の代名詞だよ」

「けどよ、王宮に招かれるってことは、俺ら勇者になれるんじゃねぇの?」

「「…………」」


 星呉の一言で盲点に気づかされた或鳩と彪が、疑心と期待の狭間で揺れる。結局「ついていくけど信用はしない」という答えに頷き合い、自称・宰相の後に続くことにした。

 もうすぐ城門まで戻るというところで、ふと、何かを思い出したようにラーゼンが振り返る。


「あ、そうでした。私がこうしてラーテに憑依していることは、他言無用でお願いします」

「いいですけど、でもどうしてですか?」

「皆さんについては王宮でも一部の者しか知りませんから、公にお迎えするわけにもいかなかったのですよ。とっさに見つけたのがラーテでして……さすがに、恥ずかしいのです」


 気まずそうに肩を丸めた彼に、或鳩が「いよいよもって怪しいな」とささめく。

「きっと言葉通りだって。夢の国のネズミならまだしも、その辺のは誰だって恥ずかしいだろ」

 すっかり好奇心の方が勝っていた彪は、不満がる親友の背中を宥めて追い越した。


 宮殿の裏手まで案内されたところで、しばらく待つよう告げられた或鳩たちは、ラーゼンの意志が抜けたらしいネズミが茂みへ消えていく様子を眺めながら暇を持て余していた。

 裏手の扉は、正面の門に比べて遥かに小さく、民家のそれと大差ない。痺れを切らした或鳩がついにノブへと手を伸ばしたところで、ようやく扉が開き、長髪の青年が顔を出す。


「お待たせしました。改めまして、ラーゼンです。さあ、こちらへ。王がお待ちです」


 導かれるままに敷居をまたいだ或鳩たちを迎えたのは、幻想的な世界だった。

 壁の主な材質は外から見たものと同じだろう。唯一違うのは、金箔がふんだんに使用されていることだった。輝きが綺羅星のごとく散りばめられた壁は、鏡と見紛う程に磨かれている。

 アーチ型天井に描かれた剣士と巨大な龍は、勇者の伝説を再現したものだろうか。まるで神話のような神秘さを放つ絵の下で、大理石の床の幾何学模様も負けじと存在を主張していた。

 そんな世界遺産級の彩に囲まれながら、ラーゼンに続いてゆっくりと階段を上ってゆく。


 やがて、一際大きな扉が現れた。フロアの壁一面を見渡しても他の扉は見当たらない。金細工をあしらわれた縁や取っ手を前に、さしもの或鳩も緊張に生唾を飲み込んでいる。

 王の間。ここまできて足が竦みかけている三バカをよそに、ラーゼンは扉を開け放った。

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