襲撃~SIDE GIRLS~
或鳩たちを打ち伏せた黒い風は、フローリアたちの下まで一気に流れていた。
「――っ、誰!?」
いち早く異変に気づき、身構えたのはフローリア。彼女は禍々しいつむじ風のただ一点を睨みつけ、いつでも飛び退れるよう、前足に力を溜める。
やがて、彼女が目をつけていた辺りに、人間の頭部のような影が浮かび上がった。
「はじめまして。私は……」
黒い旋風がぱっと掻き消えると、紺色の髪の青年が姿を現す。精悍な顔つきを強調するように、額から顎までの輪郭を龍の咢を模したフェイスガード。重厚感を放つ黒鉄で作られた胴鎧は、胸板から下の部分が蛇腹状になっており、背中や手足の装甲部分には鱗のような装飾も見られた。腰から伸びた尾の飾りが、異様な出で立ちをさらに際立たせている。
だらりと構えている長い獲物は、剣というよりも刀に近いか。ぎらつく爪のようである。黒龍をそのまま身に纏った剣士。そう表現しても過言ではないだろう。
「オルカーンと申します。お見知りおきを」
青年剣士は左手を胸に当て、頭を垂れる。しかし、飢えたような赤い瞳はフローリアから視線を離すことがない。堂々とした立ち姿に、一分の隙もなかった。
「その鎧……まさか、あなたが噂の『
「さて、どうでしょうか」
含みを込めた嘲笑を浮かべられ、フローリアの額に冷や汗が伝う。
「問います。何の用があって殺気を向けて来るのですか」
「ああ、ああ。残念です。気づいていらっしゃらないなんて!」
仰々しく両腕を広げて嗤うオルカーンは、んん、と愉悦に喉を鳴らして刀を構える。
「私は、一介の姫でしかない貴女に、勇者になるという運命を奪われた男なんですよ!」
龍剣士の姿が消えた。反射的に防御の姿勢を取ったフローリアが、衝撃にバランスを崩す。
「フローラっ!? ちっ、【
「させません、【
ソフィアが咄嗟に抜き撃った黒銃・シュヴァルツリーリエの魔弾は、しかし、風圧の刃で掻き消される。威力の衰えない魔力の余波に、魔弾の射手は薙ぎ払われた。
「ソフィちゃん! お願い――【
一瞬の出来事に悲鳴を上げながらも、ナタリーは努めて冷静に魔法陣を描く。
きりもみ回転しながら落下するソフィアの向こうに現れたサファイアの防御壁が、水のクッションとなって受け止める。地面への強打は免れたものの、彼女はぐったりとしていた。
駆けつけようかと浮足立ったが、視界の端に映った光景に、ナタリーは足を止めた。強烈な速度で切りつけるオルカーンの猛攻から、必死に耐え凌ぐフローリアを見たからだ。
「まずはこの状況を何とかしないと……。【
召喚されたアメジストは、幾条もの鎖となって迸る。敵を捕らえるこの呪文でフローリアとの連携攻撃を狙ったナタリーは、しかし、すぐにあることに気づき、恐怖に慄いた。
オルカーンの眼がこちらを捉えていたのだ。それも、呪文を唱えている途中から。
「遅いですね。【
自分が紫水晶の名を呼んだ時にはすでに体を捌いており、鎖が放たれた今では、フローリアを蹴り飛ばしてこちらへの迎撃態勢が完成されている。その意味するところは一つだった。
「
瞬く間に鎖を薙ぎ払って迫りくるオルカーンの烈風に飛ばされながら、ナタリーは絶望する。
ナタリーは慢心を呪った。ソフィアの銃弾が即座に対処された時点で気づくべきだったと。
三対一でありながら、その戦力差は圧倒的に一人へ傾いていたことに。
「はぁ……拍子抜けです。勇者の一団とはこの程度なのですか」
オルカーンが、草の上をバウンドしていくナタリーをつまらなさそうに眺める。
そんな、白けた戦意に構えを解こうとする彼を、まだ残っている一人が呼び止めた。
「舐めるんじゃないわよ……っ」
「ほう、さすがは姫様と言うべきでしょうか。ですが、膝が震えていますよ?」
「うるっさいわね!」
剣を地に突き立て、フローリアがよろめきながら体を起こす。
「『非があるのならば、理で明らかにすべき』、これは亡き祖父王の言葉よ。それでも……申し訳ないけれど、何故あなたが敵意を向けてくるのか、私にはまだ理解できていないの」
でも、と歯を食いしばり構えた。短く静かに呼気を飛ばし、丹田に力を込める。
「あなたは私の仲間を傷つけた、それだけは理解できるわ。……私、暴力に訴えようとする人が大嫌いなの。力は誰かを守るためにあるべきよ。それなのに……」
想いを口に出すことで体に鞭打ちながら、大きく、雄々しく、双剣を構えた。
「魔族どころか、人間同士でも平気で刃を向けてくる、あなたのような人間がいるから、いつまでもっ! 争いがなくならないのよ!」
刹那。彼女の叫びに呼応するように、彼女の右手に持つ青の剣が輝き出した。それは王の間での模擬戦で見せた、剣に魔力を流し込んだ際のものとは違う。まるで剣自体が生きているかのように、使い手の鼓動と共鳴して脈を打っていた。
「その光はまさか、ツェーレの……覚醒っ!?」
「ええ。ツェーレ、またの名を『愛の剣』――誰かを守りたい。仲間のために戦いたい。そう私が願う限り、力を貸してくれるの」
フローリアの眼はまだ諦めていない。両拳を近づけ、双つの剣を一斉に振り被った。彼女のシルエットを彩るように、灼熱の螺旋が舞い昇っていく。
「覚悟しなさい、【
吹きだした炎は絡み合い、巨大な一振りの大剣を創り上げた。じりじりと大気を焦がす魔力の波動に、オルカーンが目を見張る。
「くっ、油断しましたか。【
苦し紛れに叩きつけてきた一手。対してフローリアが薙ぎ払った劫火の波は、風の刃を圧し折って吼える。勝機が見えた――いや、見えたかにみえた。
「……甘いですよ」
「――なっ!?」
オルカーンの歪んだ嗤い顔を見た時には、フローリアの体は宙へと打ち上げられていた。
何が起こったのか分からぬまま、彼女は眼下へと視線を巡らせる。自分が放った炎は未だ消えていない。ただ一箇所、オルカーンの目の前だけを除いては。
叩きつけるように振り下ろしていたはずの敵の刀が、天を衝いていたのだ。それを見たフローリアは、風の刃に炎の刃を突破され、そのまま自分が敗北したのだと悟った。
悔しさに目を閉じる。見えなかった。いつ斬り上げた?
通常、速さを追求した魔法は威力を捨てることで実現する。ましてこちらは高密度の魔力を媒介できる『ツェーレ』を用いた魔法。たった二撃では突破どころか相殺すら難しいはずだ。
可能であるとすれば、オルカーンが膨大な魔力の持ち主であることが条件だろう。しかし魔力が強い者は、より効率的に魔力を魔法に変換するために、持つだけでも負担になる武器は選択しないのが一般的だった。魔法使いが杖や指輪を媒介に選択する理由はそこにある。
身の丈ほどの刀を巧みに操りながら、魔法の速度・威力・精度、いずれも圧倒的に上手。
「そんなの……」
勝てるわけがない。喉まで出かかったそんな言葉を、フローリアは必死で飲み込む。
結局。勝つ手段を見出すことができないままに、彼女の意識は墜落の衝撃で弾け飛んだ。
「…………いやはや油断しました。さすが伝説の剣、少しばかり焦りましたよ」
倒れ伏した勇者たちの中央で、オルカーンが夕陽を背に哄笑している。
「ですがこの程度では、リスティッヒにすら愉しみを奪われてしまいそうですね。さて……」
誰にともなく呟いた言葉は、黒風とともに姿を消した。
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