下心
「やっぱ女の子ってペットに弱いのかな」
姫の豹変ぶりに呆然としている彪をよそに、或鳩と星呉は逃げてきた魔物に興味津々だった。
「なぁ、このスライム倒してもいいんだよな?」
「魔物だしね。試し斬りしてみよう」
或鳩はいそいそとパーカーの下から剣を抜き、振り上げた。
「やっぱストップ!」
「……何さ」
いいところで待ったをかけられ、心底不満そうな眼を星呉へと向ける。
「なぁ、このスライムをペットにしねぇか?」
「君の魂胆は分かってるし、当然僕様は反対だ。股間に触れたスライムなんて汚らわしくて飼いたくもないね。男性器は論外だし、生理やオリモノを伴う女性器の不衛生さを知ってる?」
「間接的だろうが細菌まみれだろうが、俺は女の子の股間に触りたいんだよぉ! !」
悲痛な願いも、しかし或鳩の耳には届かない。問答無用で振り下ろされた剣に、斬るというより叩かれたに近いスライムは、きぴぃっ、という小さな断末魔を残して弾け飛ぶ。
「やった、魔物を倒したぞ!」
「女の子が、貴重な女の子がっ!?」
「何やってるんだお前たちは……ん? 何か落ちてるぞ」
バカ騒ぎに振り返った彪が、消滅していく残骸の中から、一枚の銅貨を見つけて拾い上げる。
「それ、もしかしてフランじゃねぇか?」
星呉がポケットから革袋を取り出し、王城でもらった銀貨と比較してみる。形や紋様など、大まかなところは一致しているようだ。
「この世界でも、魔物を倒すとお金が手に入るんだな」
「でも、どうして魔物が金なんて持ってんだ?」
首を捻っていると、いそいそと剣を納めていた或鳩が「簡単なことだ」と顔を上げる。
「僕らの世界では硬貨を政府、紙幣を銀行が発行しているけれど。ゲーム世界では魔物が落としたものを貨幣として流通させているってだけだよ。おそらく遥か昔、魔物をどれだけ倒したかで王が決まっていた時代に、倒した証拠となるアイテムが溢れかえったんだろうね」
指を立てての解説に、彪たちははぁ、と生返事を返す。
「長ぇ。つまりどういうことだよ?」
「魔物を倒せば大金持ち、ってことか」
「やれやれ。これだから馬鹿は手に負えないんだ……」
戦利品の一フランに小躍りしている二人に、或鳩は額を押さえてうな垂れた。
❤ ❤ ❤
もふもふ感にご満悦のフローリアは、琥珀猫をひしと抱きしめたまま放す気配がない。
「いい子ですねー。干し肉くらいしかないけれど、食べる?」
ついには懐の道具袋から取り出した携帯食料で餌付けをはじめてしまう彼女に、ソフィアとナタリーは目を点にして困り果てていた。
「フローラちゃん、すっかりカッツェを放さなくなっちゃったね」
「このままじゃ日が暮れても動けないわ……。ナタリー、例のアレやっちゃって」
「はぁい。【
ナタリーが袖を捲り、媒介の指輪を琥珀猫へとかざして詠唱する。すると、ぴくんと琥珀猫の体が反応し、にわかに膨れ上がった。
「えっ、何、なになにっ!?」
慌てるフローリアの手からこぼれ落ちた琥珀猫は、やわらかく投げ出していた手足が強靭な肉体へと変わり、干し肉を甘噛みしていた小さな歯も鋭利な牙へと変わっていく。やがて、元のサイズの三十倍以上にまで大きくなった琥珀獅子は、野太い音で喉を鳴らしていた。
フローリアの意識を引き戻してくれた獅子のたてがみを、ナタリーが指で梳く。見た目は野性的になっても中身は同じ。尻尾を振ってじゃれながら、光となって指輪に帰っていった。
「びっくりした。またできること増えたんじゃない?」
初めて目の当たりにした魔法に、まだフローリアは目を白黒させている。
「うん。やっぱり新しいことに挑戦していかないとと思って、色々試してるんだ。さっきのレーヴェもそうだけど、例えば……【
魔法陣が描かれると、現出したタイヤモンドが拡散し、その光のシャワーがフローリアの腕へと引き寄せられていく。装着されたごつい手甲に、彼女は興味津々に感嘆を漏らした。
「わ、武装系の魔法なんだ……」
「指示語を変えれば、
照れくさそうに新呪文を謙遜するナタリーに、「いやいや」とソフィアが首を振る。
「ほんと、
「……ソフィ?」
「や、ごめん軽率だった。褒めるつもりで、悪気はないんだよ」
彼女はフローリアから半眼で諌められ、はっと口を噤む。
「ううん、いいよ、分かってる。呪文の基礎理論は勉強してるんだけどね……」
「仕方ないわ。どんな属性の魔法を扱えるかさえ、天の思し召しなんだから」
気落ちしているナタリーの肩を、フローリアが武装の解かれた細腕でそっと包み込んだ。
フランドルフでは、魔法は生まれながらにして系統が決まる。炎や雷など単一属性しか扱えない者もいれば、フローリアのように複数属性を操れる者もおり、ナタリーのように属性魔法の型に嵌らない特殊なケースもある。そして、ここにいるもう一人も特殊なケースだった。
「そうよ。あたしなんか、
堂々と胸を張って笑い飛ばすソフィアに、フローリアが呆れたっぷりのため息を吐く。
「ソフィは勉強してないだけよ。あなたも特化型なんだから、可能性は未知数でしょう?」
「勉強なんてやぁよめんどくさい。子どもたちの世話で手がいっぱい」
「旅してる間なら、勉強の時間、あるわよね?」
空恐ろしい闇が立ち込める笑顔を向けられ、ソフィアは引きつった顔で頷くしかなかった。
★ ★ ★
「何でナタリーが暗くなってるんだ?」
ちょいちょい、と彪が或鳩をつつく。
「君はあの時いなかったね。彼女は魔法学校の教師をしているんだけど、どうやら自称天才の凡愚な学生がその才能に嫉妬して、一般との相違点をあげつらってはいじめているらしい」
「マジで? 酷いな」
「それでもちゃんと勉強して教壇に立ってたんだろ? 凄ぇ」
或鳩と主席生徒のいざこざに立ち会った星呉も、改めて知った事実に感心していた。しかし、彪たちとは裏腹に、或鳩だけが苦い顔をしている。
「……どうしたんだ、黙り込んで?」
「どうしたもこうしたもないよ。確かにナタリーの魔法は認めるけど、あのふわふわした空気はなに? 真面目に冒険する気がないなら、やっぱり僕様が勇者になるべきだった!」
病的に叫ぶ或鳩に、彪たちは「「はじまった……」」と目を覆う。
「なぁ或鳩。可愛い勇者パーティを覗き見できるんだぞ、何が不満なんだよ?」
「俺たちが勇者になっても最悪だぜ? 遊び人、遊び人、遊び人……歴史に絶対残れねぇ」
そこまで勇者に思い入れのない彼らにとっては、画面の中のヒロインが目の前にいることの方が大事だった。反面、別段女性に興味のない或鳩は聞く耳を持たない。
「全くの見当外れだ。僕らが勇者になることで、君たちにもメリットはあるんだよ? 考えてみるといい、パーティにフローリアたちを引きこめば、覗き見どころか会話だってできるんだ。
さらに言えば、僕らは遊び人じゃない。もちろん僕様が勇者として、彪は我流とはいえ格闘家、星呉も医者の息子だ。勇者、ファイター、ヒーラー。立派なパーティだよね」
「ごめん、ちょっと意外すぎて聞き取れなかったんだけど。今、オレたちの力を認めた?」
「ないよりマシ程度に持つスキルを挙げただけだよ。思い上がらないで」
そう釘を刺して、或鳩は少し照れくさそうにそっぽを向く。偏屈屋の珍しく柔和な言葉に気を良くしてニヤける彪たちは、もう陥落寸前だろうか。しかし、すぐに、
「……でもオレたち戦えるのか? 魔法の使い方さえ知らないのに」
「結局ゲームをやれてねぇから、魔物の弱点やこの世界のことについてもよく分からねぇしな」
期待に胸を膨らませつつも、自分たちが戦闘を行うと思うと日和見もしたくなる。縮こまってしまった二人に、或鳩が鼻を鳴らす。
「この意気地なしどもめ。それなら僕様だけでも――」
勇者になってくるよ。そう、言おうとした時だった。
『知らない? 分からない? ……なるほど、やはり虚仮脅しでしたか』
不意に森の奥から聞こえてきた声に、或鳩たちは振り返ろうとして――
『【
木々の間を吹き抜けてきた鋭い黒風から、一瞬にして地面へと叩きつけられた。
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