ふっかつのじゅもん
なんとか意識があった或鳩たちは、繰り広げられた絶戦には無力だった。風を巧みに操る剣士が去った後で、死んだふりを決め込んでいた体を起こす。
「今の……見たか?」
脂肪が衝撃を緩和して一番早く立ち上がれた彪が、或鳩たちに手を差し伸べながら尋ねる。
「……ああ、雰囲気は超ヤバかったけど」
「間違いなく『フランドルフ』の主人公だったね」
同意見を示す仲間に、彪は「だよなぁ」と頭を掻いた。
「『勇者になるという運命を奪われた』って言ってたよな。もしかして、オレたちがこの世界に来たことで、なんかこう、運命の歯車みたいなのが狂ったのかな」
「仮にバタフライエフェクトが起きたとしても、それを当事者が知ることはできないはずだよ」
「けどよ、それならオルカーンはどうなるんだ? 主人公として勇者の冒険をするはずが、ヒロインのフローリアの方が勇者になっている、ってことを知ってんのはおかしくね?」
謎の襲撃者に答えを見出すことができず、沈黙が伝播する。
「とりあえず、フローリアたちをなんとかしないと」
沈む頭を振って気を取り直し、或鳩は倒れている勇者パーティの下へと向かう。
彪たちも後に続くものの、その足取りは重かった。
「なんとかするって言っても、どうする?」
「そうだな……とりあえず星呉は安否の確認をよろしく」
或鳩の指示に、星呉が「もうやってるぜ」と頼もしい返事を返してくれる。体を揺らさないように容体を確認して回った彼は、ほっとした顔で戻ってきた。
「生きてるぜ。軽い脳震盪はあるかもしれねぇが、頭部外傷もねぇし瞳孔径も安定してる」
「ホント君って不思議だよね。会話できなくても診察はできるんだから」
「うるせぇ黙れ。医者の息子として情けねぇとは思ってるよ」
不貞腐れる星呉。そのぼやきに、或鳩が「それだ!」と快哉を叫んだ。
「パーティが全滅すると、教会まで戻されて生き返るよね?」
「だから死んでねぇんだって」
「ちょっと黙って」
「へーい」
「つまり『ふっかつのじゅもん』を唱えれば、フローリアたちの目が覚めるんじゃないかな」
ポンっと手を打った或鳩は、呆れ顔の彪たちを無視して大きく息を吸い込み、
「おお、フローリア! 死んでしまうとは情けない!」
叫んだ。草原と森という立地でありながら、山びこが反響しそうな余韻――。
……当然そんなものがあるはずもなく、フローリアが目を覚ますこともなかった。
「効果はないようだ」
「当たり前だろ!」
食い気味にツッコんできた彪の怒号に、或鳩は鬱陶しそうに耳を塞ぐ。
「分かったよ。仕方ないから宿まで運ぼう」
「宿ってまさか、王都まで戻るのか?」
「……は? 距離の近いクライネ村に決まってる。どれだけ遠くてもわざわざ前に泊った場所まで戻るのはゲームだけだよ」
しれっと返され、思わず拳を振り上げた彪を、なんとか星呉が押しとどめた。
結局。例の如く力仕事を放棄した或鳩を先頭に、星呉がナタリーを背負って、彪がフローリアとソフィアをそれぞれ両肩に担いで。とぼとぼとクライネ村の宿を目指すことになった。
冒険開始早々全滅。そんな一行を慰めるように、沈みゆく夕陽が儚げな影法師を描いていた。
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