第三章 三バカと宿屋とご乱心

クライネ村

 村を囲む柵を抜けると、春先だというのに暑苦しい光景が広がっていた。

 申し訳程度に舗装された中央通を行き交う、気難しそうな顔の男、男。男。おそらく退勤時間に向けて活気づいているのだろうが、夕陽をバックに汗水垂らす絵面には華など存在しない。


「うへぇ、女の子はいねぇのかよ……体感温度が10℃くらいは上がりそうだぜ」

「男子厨房に入らず、女子は留守を守れ、みたいな古風な考え方の村なのかもな」

「男子じゃなくて、正確には『君子』厨房に入らずだ。貴い人物が家畜の殺される場所に――」

「体感温度がさらに10℃上がった」

「……だな」


 眼前の光景だけならいざしらず、或鳩も加わっては耐え切れないのだろう。星呉と彪は早々にウンチクをシャットアウトすると、背負っているフローリアたちに癒しを求めた。

 目覚める気配のない彼女たちは、静かに寝息を立てている。


「元の世界では、女子とこんなに接近することってなかったよな」

「なかったどころか、女子を視界に入れるだけでブーイングだもんな」


 思わず生唾を呑んだところで、我に返る。今の状態ならば悪戯し放題ではあるし、あわよくばデリケートな部分も堪能はできるだろうが、彼らはそこまで節操なしでもなかった。


「……やるならやればいいのに。意気地なしめ」


 或鳩の煽りから、視線を逸らす彪たち。その逃げた先で、一際派手な建物を発見した。

 周囲に立ち並ぶ家々と同じ木造ながらも、赤や黄色などの塗料が目に痛い。屋根も一般的な三角屋根ではなくドーム型が採用されており、木材を継ぎ接ぎした物々しい装飾がされていた。

 奇抜な外観の軒先で客引きをしているのは、『カジーノ』と書かれた立札である。


「村にもカジノがあるんだな」

「ドイツ語でもカジノで通じるのか」

「まったく都会ぶっちゃってまぁ。分不相応でしかないよ、牧場でも開いたらどうかな」


 賭場に興味のない或鳩は、カジノへと繰り出す男衆の背中を冷ややかに一瞥して進んでいく。

 カジノ前を通り過ぎて数軒目のところに、彼らの目的地はあった。

 早速宿屋のドアを開けようとした或鳩の手は、彪が上げた声に制される。


「待て或鳩。このまま入れば、オレたちは誘拐とか性犯罪の犯人に見られるんじゃないか?」


 担いだフローリアとソフィアを示す彼に、或鳩は仕方なくノブから手を放した。


「ここまで平気だったんだから、大丈夫だと思うけど?」

「でも心配だろ。気絶した女の子を連れて宿屋に入るんだぞ?」

「はっ、現時点で淫行をはたらけもしていない童貞が何を言っているんだか」


 嘲笑を返した或鳩は、そのまま星呉の方へと歩み寄って手を差し出した。


「残りの二十一フラン、渡してちょうだい」


 星呉から受け取った残金で、或鳩は大きめのローブを二つ見繕ってきた。

 スライムを屠ったことで一フラン増えているとはいえ、日本円で千五十円程度。三十フランで一泊できるような世界でも、手に入れたローブは安かろう悪かろう。装飾もなければ材質に耐久性も見られない、使い捨て用同然のそれだった。

 とはいえ、今の或鳩たちにとっては十分役割を果たしてくれる。彪と星呉はフローリアたちをおぶったままでローブを纏い、どこか歪な二人羽織りの格好で宿の玄関をすり抜けた。


「二部屋欲しい。僕ら三人と、後から三人が来るから宿泊人数は六人ね」


 従業員の目を引きつけるように、或鳩は芝居がかった尊大な口調で用件を伝える。


「ああ、そうだ。二つの部屋はできる限り離してくれ」

「お部屋を離すのですか……?」


 店員の顔が曇る。それも当然だろう。或鳩たちにとっては、一度とはいえ面識のあるフローリアたちが近い部屋にいては行動しづらい。下手をすれば、部屋から一歩出ただけで遭遇してしまい、勇者の黒子的立場の今後が危ぶまれてしまう。しかしそんな事情に関係のない従業員からすれば、一緒に手続きを行う六人が離れ部屋を希望するなど、怪しいにも程がある。

 直接不審を問うのでもなく煮え切らない態度をとる従業員に、或鳩は焦りを抱いた。


「何を問題視しているのか知らないけれど、仮に僕様が嘘をついていたとしても、君たちは明日六人分のお金を余分に取れるんだよ? いいから早くしてくれないかな」


 とどめにカウンターへ拳を叩きつけて見せると、


「は、はいただ今ご案内します!」


 小柄な少年相手に竦み上がった従業員は、店の奥へと引っ込んで行った。


 案内された二部屋のうち、店の奥にある部屋を自分たちの部屋に選んだ或鳩たちは、入口近くの部屋にフローリアたちを運ぶことにした。

 案内を終えて従業員が出て言ったことを確認し、或鳩は彪と星呉のローブを脱がす。

 大きめのベッドに少女たちを降ろしたところで、フローリアが一度寝返りを打ったものの、すぐに寝息は穏やかさを取り戻した。


「女の子の寝顔っていいよな」

「だな。喋らなくてもいいし、和むぜ」

「なんともお気楽なものだね。フローリアたちも、君たちも」


 或鳩は寝顔に見惚れている彪たちのだらしない顔をため息で一蹴し、部屋の物色をはじめた。

 部屋の中は簡素ながらも実用的で、ベッドや鏡台はもちろん、クローゼットまで完備されている。部屋の入口にオートロックがかからないことを除けば、日本のビジネスホテルの機能と遜色ないだろう。それどころか、村特有の木造建築が味を出している。照明として壁の取っ手にぶら下がっているランタンは色とりどりで、四方の壁に花が咲いているようだ。

 扉という扉を開けて回り、クローゼットに用意されている麻の寝間着や、トイレの衛生状態などをチェックしていた或鳩は、部屋の最奥にある扉を開け、わぁ、と感嘆を漏らす。


「外からはわからなかったけれど、部屋ごとに露天風呂がついているんだね。すごいよ、同じ宿泊料金なのに、王都のクソ宿とは比べものにならない!」


 興奮のあまりスマートホンを取り出して「ホテル比較サイトに投稿しなきゃ!」と小躍りまでしたところで、ここでは電波など一切入らないことに気づいてしまう。

 がっくりと落ちた肩に、彪たちはひたすら笑いを堪えながら近づいてきた。


「ぷっ……残念だったな……ぶふっ……ここはフランドルフだから携帯は使えない」

「くっ、いいものをいいと言える或鳩のことは、……ウケる……嫌いじゃないぜ?」

「ちょっと! 僕様のこと馬鹿にしてない!?」


 勢いよく振り返った或鳩は、彪たちが背中を叩こうとした手を、不完全な体勢で受け止めてしまう。よろめく踵は部屋を仕切るドアの土台部分に引っかかり、派手にすっ転んだ。

 一方の彪たちは「ごめんな」「悪ぃ」と、語尾に草を大量に生やしながら、或鳩をまたぐようにして風呂場へと侵入する。


「さすがに天然温泉とはいかないか。デカい風呂って感じだな」「ちょっとー?」

「柵があるとはいえ、景色はいいな。あれ一番星じゃねぇか?」「おーい!」

「「……何だよ」」


 やいのやいのとはしゃいでいる彪たちは、後ろから聞こえる呻き声に白い眼を向ける。


「何だよじゃないよ! 起こそうとかそういうのはないの!?」

「高三にもなってなにを言ってるんだ」

「そうだぜ。オトコノコだろ?」


 彪たちにとって、或鳩の不幸は蜜の味である。半笑いを向けられた或鳩は「加害者の分際で非常識だよね」とむくれながら、結局は一人で立ち上がった。


「さて、フローリアたちは一時間もすれば起きると思うけどよ。俺たちはこれからどうする?」

「ゲームなら一泊しただけで体力回復できるんだけどな……」

「だがよ、デスルーラの再現ならともかく、そこまで俺たちができんのか?」

「だよなぁ……」


 思案に耽る彪たちの背後で、未だ不機嫌な或鳩が咳払いをする。


「アインシュタイン曰く『知的な馬鹿は物事を複雑にする』。けれど良かったね、君たちのような馬鹿の問題を解決できる、僕様という『才能と勇気』を持つ人間がいるんだから」

「才能はともかく、勇気があるのか……?」

「ゲームのHPゲージじゃあるまいし、体力なんて考えるから駄目なんだよ。宿屋のサービスである入浴・食事・睡眠の三つを利用して、疲労をとる方法を実践すればいい。簡単なことだ」


 彪の怪訝な声を無視して捲し立てた或鳩は、仲間の賛否すら問わずに部屋を飛び出した。

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