第二の作戦
自室に戻ってきた或鳩たちは、部屋の角にある四人掛けのテーブルで夕食にありついていた。
窯焼きバターロールの甘い匂いは、王都で買い食いしたBLTサンドより劣るものの、元の世界ではジャンクな総菜パンにしか馴染みのなかった彼らの涎を誘うには十分である。
濃厚なクリームによって黄金色に輝いて見えるシチューは山菜を具に使用されており、中にはついさっき或鳩たちが収穫してきたものと同じ薬草もあった。
シチューを浸したパンを頬張ると、まろやかさに醸し出された優しい甘さの後で、ハーブのようなさっぱりとした香りが鼻を通って行く。重たすぎず、癖も強すぎず。昼食を摂っていなかった或鳩たちは、貪るように二口目をかぶりついた。
「やっぱり、さっきのは強引すぎじゃないか?」
「星呉、食いながら喋るな」
スパイスの効いた厚切り肉に苦戦しながら言った星呉に、一方で早くも舌鼓を打ち終えていた彪が視線を向ける。大食漢の彼は、口の中に物が入ったまま喋ることはしないという食のマナーをこそ重要視していた。それを指摘された星呉は、肉を咀嚼しきってから短く詫びる。
彼の問いには、ちびちびとシチューを飲んでいた或鳩が答えた。
「止むを得なかったろ。実際に面識がある以上、早々に退散しなかったら今頃バレていたよ」
「いやそこじゃねぇよ。風呂まで勧める必要はねぇだろ、あれは怪しすぎ」
しかし、その指摘に対して或鳩はパンを頬張る。彪の前で口に物を入れたということは、つまるところ黙秘だ。追及しても何が変わるというわけでもなく、星呉は肩を竦めた。
そんな二人の向かい側で、フォークを置いた彪が物足りなさそうに腹をさすっている。
「お風呂、覗きたかったな。『タオルをお持ちしました』とか言ってさ」
「恥知らずめ。せめてタオルをドイツ語で言えるようになってからほざいてくれ」
飲み込んだパンと入れ違いに飛び出る或鳩の嫌味に、彪は撃沈する。
「ちなみに正解はハンドトゥフだ。まぁどちらにせよ無理だ、まだ別にやることがあるからね」
「薬草だけじゃだめなのか?」
「当たり前だよ。フローリアたちが入浴を終えれば食事だ。精力のつくものがいいけれど、フローリアはネバネバしたものが苦手らしいから、ムチンやアルギン酸の含まれないものを――」
「ちょっと待った、一から作る気か?」
思わず声を上げた彪に、「そうだけど?」と不思議そうに小首を傾げる或鳩。
「いや俺たち料理作れねぇし」
「オレたちのと同じように、旅館の人が準備するだろ」
前と右から投げられる反対の声から顔を背けた或鳩は、つまらなさそうに水を呷る。飲み終えてもなお、空のコップを憮然と眺めていた彼は、はっと何かに思い当たって立ち上がった。
「なら酒にしよう!」
「「…………は?」」
思いもよらなかった対案に、彪たちの開いた口が塞がらない。時間が止まったような空気。呆気にとられた星呉の手からこぼれ落ちたスプーンが立てる音で、ようやく二人は我に帰る。
「年齢的にまずいだろ」
「それに酒なんてどうやって手に入れんだよ」
押し寄せる苦言の波にも、しかし、今度の或鳩は動じなかった。それどころか、自信たっぷりの口端をさらににんまりと吊り上げる。
「現代日本の法律で考えるな。いいかい、日本でも戦国時代では元服をすれば酒が飲めたし、中世ヨーロッパなんかでは水を飲むより酒を飲んだ方が安全とされる時代もあった。さらに魔法の言語からしてフランドルフの国をドイツ語圏と仮定するよ。現代ドイツでは飲酒の制限は保護者に一任されているし、購入できる年齢も酒の種類によって十六ないし十八。僕らより年下のナタリーですら十七なんだから、大抵は許されるよ。
入手手段については……適当にかっぱらえばいい。少量でいいんだからね」
言うだけ言って出立の支度をはじめてしまった或鳩に、何を言っても無駄だと悟った彪は「ごちそうさま」と手を合わせて後を追う。
「お、おい待てよ!」
一人テーブルに残った星呉は、慌ててシチューをかき込んだ。
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