仲直り

「おーい、或鳩!」


 聞こえた呼び声に、或鳩は足を止めた。森の中では音の発生源がどこかを正確に把握することができない。仕方なくその場で待っていると、駆け寄ってくる彪たちの姿が見えてきた。


「よかった。ここにいたんだな、心配したよ」

「僕様が心配? どうして」


 或鳩は首を傾げる。たしか、さっきはケンカ別れしたはずだ。さすがの自分でも、ケンカの後に顔を合わせづらいことくらいは知っている。

 二人は一様に頭を掻くと、言った。


「さっきのケンカ、俺たちも言い過ぎたから謝ろうと思ったんだけどよ」

「戻ってくるのが遅いから、何かあったのかもって」

「何かはあったよ? フローラが狼に囲まれた」

「「無事だったのか!?」」


 至近距離で叫ばれ、或鳩は反射的に耳を塞ぐ。


「……僕様を誰だと思っているのさ? まぁそれはさておき、彼女にパーカーを貸して、二人であたたまって、愛称で呼ぶことを許された」

「ちょっと待て。フローリアとあたたまった?」

「服を乾かすために、焚き火でね。大丈夫、僕らが王から遣わされたことはバレてないよ」


 淡々と状況を報告する彼に、彪たちはあんぐりと口を開けていた。微妙に齟齬が発生していることになど或鳩が気付くはずもなく。唖然とする二人をよそに話を続ける。


「他に特筆すべきことは三つある。狼は外郎売で追い払えること、フローラの胸はDカップだということ――君たちにとっては朗報だよね? 僕様にとって一番興味深かったのは、『森のくまさん』より『クラリネット』の問題を先に解決すべきだったことだ」

「ちょっと何言ってんのか分かんねぇ」


 目を白黒させた星呉が、お手上げの姿勢をとる。辛うじて踏みとどまっていた彪も、頭から煙を噴き出しそうなほどに頬をぴくぴくと震わせていた。


「……なぁ或鳩。どうしてお前がフローリアの胸のサイズを知ってるんだ?」

「どうしてって、狼の特性から求めた概算値と、パーカーを貸した時の目視だけど。あれで生理が順調だとすれば、剣士として日頃体を動かしているおかげだろうね」

「その……あれだ。パーカーはどうして貸した?」

「フローラが裸だったからだよ。勇者に痴女でいてほしくないし」

「……驚きすぎて顎が外れそうだぜ」


 バンザイしていた星呉は一転、頭を抱えて屈みこんだ。一方の彪は、予想外の答えをさも当然のように連射され、口をぱくぱくとさせている。瞬きの回数も異常に多い。

 彪は自分を落ち着かせるように咳払いをすると、できるだけ、ゆっくり、問うた。


「どうして、フローリアは、裸だった?」

「川で沐浴をしてたからだよ。沐浴といっても、彼女が言っていた通り頭を冷やす目的があっただけで、別に宗教的側面は感じ得なかったけど」

「じゃあ何か? そのパーカーは、フローリアが素肌の上に着たものってこと?」

「そうだけど。さっきから何? 質問ばっかりだ」


 とうとう或鳩も困り果てた。相変わらず二人の意図は掴みあぐねていたが、


「大丈夫だ、あとは要求だけで質問はないから――」


 そう言ってにやりと笑う彪と、便乗するように復活し、ゾンビのように腕を伸ばしてくる星呉を見れば、それが自分にとって悪いものだということだけははっきり分かった。


「そのパーカーよこせ!」

「いや、俺がもらうぜ!」


 迫ってきた手を、或鳩は咄嗟に屈んでかわす。身長差に物を言わせ、二人の間を潜り抜けた。


「ちょっ、二人は上着持ってるだろ、パーカーを渡す正当な理由を感じられない!」

「オレはトレーナーだから一枚しかない!」

「ジャケット人がパーカーを求めて何が悪い!」

「彪は中にミートテックを着てるじゃないか! 星呉もやめて、くすぐったい!」


 必死で逃げ惑いながらも、自然と笑いが漏れる。

 ケンカなんてなかったかのような、和気藹々とした雰囲気。しかし、そんなことは日常茶飯事である。いつだって、いつの間にか仲直りしては、すぐにバカ騒ぎをしてきた。


「いいじゃないか、友達だろ!」

「そうだぜ、逃げんなよ!」

「馬鹿を言うな、その理屈が通れば、友達だったら命や貞操を狙っていいという無法な世紀末が訪れるぞ!? 何度も言うけれど、このパーカーは僕様のだ!」


 うがーと歯を剥きだしにする或鳩と、ひたすらに笑いながら追いかけてくる彪たち。

 眠りについたフローリアたちの警護をすっぽかしていることと、エアヴェルメンを置きっぱなしにしてきたことに彼らが気付くのは、それからたっぷり三十分ほど走り回った後だった。

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