第五章 三バカとケンカと少女の想い
野営~SIDE GIRLS~
フローリアたちが村に引き上げると、家族や恋人と再会できた村人たちであふれ返っていた。
「無事だったのか! 怪我はないか? ひどいことされてないか?」
「されてないか~じゃないわよバカ! 何であんたが助けに来なかったのよ!」
「会いたかった。もう会えないかと思った……」
「良かった、本当に良かったよぉ……」
痴話喧嘩を繰り広げる者。涙を流して抱き合う者。様々な想いの形こそあれど、そこには恐怖から解放された安堵が満ちていた。しかし一方で、フローリアたちの顔には影が差している。
そこへ、村娘を率いていたリーダー格の女性がやってきて言った。
「あんたたちには感謝してるよ。おかげで村は助かった」
一歩後ろをついてきた宿の亭主が、彼女の言葉に合わせて頭を下げている。
「お嬢ちゃんも……攫っちまってすまねぇな」
「いえ。みなさんが無事で良かったです」
「あんたってば、つくづくお人好しよねぇ」
困ったようにはにかむナタリーに、ソフィアが呆れていた。
「この子が許すなら、私からはこれ以上何も申し上げません。ですが一つだけ。村が危険にさらされていると、なぜ誰にも助けを求めなかったのですか?」
「な、なにが悪いんだ。相手は魔族だぞ! 人間の土地にいるだけで何をされるか!」
フローリアの問いに、図星を指された子供のような癇癪をおこした亭主は、掴みかかるぐらいの勢いで声を荒げた。そこにすかさずソフィアが滑り込み、彼女を守る。
「言うに事欠いてそれ!? そもそも、別になにもされてなかったんでしょうが。勝手に攻撃して、勝手に怯えて、勝手に人質を差し出して、挙句にナタリーまで攫って! 男として――人とクズだと思わないの!?」
「ソフィやめて!」
「駄目だよソフィちゃん!」
慌てて腕を羽交い絞めしたフローリアたちによって、ソフィアの振り上げた平手は、すんでのところで下ろされた。しかし、彼女の怒りはそれだけでは収まらない。
「ちょっ、どうして止めるのさ!」
「気持ちは分かるわ。でも、それでも。フランドルフの民を、クズと呼ぶのはやめて」
そこでソフィアは、袖を握るフローリアの手が震えていることに気がついた。
「……分かったよ」
抵抗を止め、引き下がる。すれ違う時に、フローリアの申し訳なさそうな顔と目が合ったが、ソフィアは何も言わなかった。
フローリアもソフィアの気持ちは理解していた。自分の立場を案じてくれた彼女は、代わりに怒鳴ってくれたのだと。頼れる姉のような存在に、感謝は尽きない。
そして、ソフィアがもたらしてくれたものは、もう一つ。
怒声を張り上げることでこちらへ向けられた、周囲の注目。場の空気だ。彼女には敵わないなと内心で苦笑しながら、フローリアは改めて進み出る。
「国に、助けは求めなかったのですか?」
「騎士団を呼べば人質の命はないと思ったんだ」
「……そう、ですか」
吐き捨てられた言葉に目を伏せ、唇を噛みしめる。彼女はおもむろに姿勢を正すと、腰の剣帯から二振りの獲物を取り外し、ソフィアに預けた。
丸腰となったフローリアは、直立のまま、村人たちの顔を一人一人見渡していく。
「申し遅れました。私はフローリア・フォン・フランドルフ=アデレイド。この国の姫です」
細いながらも、凛とした声で告げられた名前には聞き覚えがあったのだろう。
今日この日まで顔を知らなかった王族がこの場にいることに、どよめきが起こった。
「国が、私たちが、もっと目を向けていれば。魔族の脅威があっても頼ってもらえるような国であれば……。今更、許されないかもしれませんが――」
フローリアはもう一度村人たちの目を見つめ、頭を下げた。
「――申し訳ありませんでした」
しん、と空気が張りつめる。
「いいとこの嬢ちゃんだとは思ってたが……まさか、姫様だとは」
「ああ、俺たちはなんてことを!」
「姫様が、私たちに頭を……?」
驚愕。後悔。唖然。ぽつり、ぽつりと声が漏れて行く。
顔を上げたフローリアは、それらに反応することなく、踵を返した。
「ちょっとフローラ、どこへ行くのさ?」
「王都に戻るわ。旅なんてしている場合じゃないもの、お父様への報告をしなくちゃ」
騒然とする群衆の声を背に、預けた剣を受け取りながら、颯然と歩を進めるフローリア。
その後ろを、ソフィアとナタリーは、戸惑いながら追従した。
昼下がりの中途半端な時間に村を発ったため、シュヴァルベの森の中で夜を迎えていた。一寸先を見通すのもやっとな月明かりの下、フローリアの火炎呪文を枯れ枝に灯して進む。
やがて、やや開けた獣道を見つけ、そこで野営を布くことにした。広いとはいえ、あくまで道。枯れ木を集めた彼女たちは、身を寄せ合うようにして小さな焚き火の暖を貪っている。
「フローラちゃん。もう遅いよ、寝よ?」
「……うん」
火を中心にして三角形を作るように寝そべる中、フローリアだけが体を起こしていた。
「ねぇ。ナタリーを助けてくれた人って、どんな人だった?」
燻りかけた火に枝をくべながら、フローリアはぼうっと炎のゆらめきを見つめていた。
「ええと……仮面をつけていたから顔はよく見てないんだけどね」
夜空の星を見上げながら、ナタリーは記憶を手繰り寄せて行く。
「三人とも、男の人だったかな。小柄な人ちょっと太った人と、細くて身長の高い人」
「……ちょいまち。チビとデブとノッポ?」
ソフィアが飛び起きる。
「宿であたしらの世話をしてくれた人に似てない? ほら、顔を黒い布で隠していたし」
「言われてみれば……そうね。他の人たちは顔を隠してなかったのに」
彼女に指摘に、フローリアもあごに手を当てて唸る。
「あんな感じの三人組……どこかで会ったような気がするのだけれど」
「奇遇だね、あたしもよ。どこでだったかねぇ」
思い出せそうで思い出せない、もどかしさが募る。
「……フローラ。もしかして、そいつらのこと怒ってる?」
「ううん。魔族だからと殺さないっていうのは、私の個人的な思想だもの。彼らは関係ないわ」
フローリアは自分に言い聞かせるように呟いた。そっか、とソフィアが返したのを最後に、穏やかな虫のさざめきだけが聞こえる空間へと戻る。
心が安らぐような音色。しかし、フローリアはそれから逃げ出すように腰を上げた。
「……少し頭冷やしてくる。すぐに戻るわ」
「いってらー」
「気をつけてね」
見送られ、フローリアは剣を取って森の奥へと消えて行く。
その背中を横目で見ていたソフィアが、ふと、ナタリーに首を向ける。
「……いいの?」
「……なにが?」
「一緒に行きたそうな顔してる」
しかし、ナタリーは首を横に振った。
「いいの。一番しんどいのはフローラちゃんだもん。自分で魔族を手にかけるよりずっと辛いものを見て、襲ってきたとはいえ同じ人間を殺めて、それでも村の人たちの前ではお姫様として胸を張らなきゃいけなくて……。今は、一人で泣かせてあげたいな」
そう言った彼女の頬にも一筋の涙が伝うのを、ソフィアは見ないふりをする。
突然攫われ、おぞましい場所に放り込まれたナタリーもまた、泣きわめきたくて仕方ないはず。それでも自分のことより仲間を優先する彼女がいじらしくて、愛おしくて。
ソフィアはそっと背後に回り、小さな背中を抱き締めた。
「あんたは強いね。おっぱいは小さいけれど、あたしらなんかよりずっと大きく見えるよ」
「もう……おっぱいは余計だよぉ」
ナタリーは苦笑しながらも、回された腕にきゅっとしがみつく。
「そんな顔しないの。あの子はフローラよ? 大丈夫だって」
「うん。そうだね――わわわっ!?」
突然くしゃくしゃと髪の毛をかき回され、ナタリーは素っ頓狂な声を上げた。半泣きの目で抗議するが、悪戯っ子のように歯を見せたソフィアはおかまいなしだ。
「それじゃ、フローラをヘコませた謎の三人組を見つけて、あの子の前に突き出さないとね」
「ふふっ。でも、クズ呼ばわりは駄目だよ?」
「わかりました、先生!」
「もう、からかわないでよ」
込み上げる笑いは、次第に大きなものとなっていく。フローリアを笑顔で迎えようと決めた二人は、彼女がいつ戻ってきてもいいように、せっせと火に薪をくべはじめた。
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