台風の目
敵を捻り潰したことで、オルカーンは狂喜に打ち震えていた。
「御覧なさい、勇者の無様な敗北を! 力こそすべて! 勝った者こそ正義なのです!」
扉の向こうへと高らかに宣言する。扉からは土煙が立ち、視認はできないが、
「まぁ……死んだでしょうね」
くっくっと、喉を鳴らして勝利の悦に入る。
「フローラっ!」「フローラちゃんっ!?」
「ああ、美しい友情とやらは不要だ。見せられるこちらの気持ちにもなってください」
心配に駆け出したソフィアとナタリーの進路を塞ぐように、風の刃を打ちつける。
「行かせませんよ?」
「くっ……行くよナタリー」「うん」
足止めを喰らい、止むを得ず銃を抜いたソフィアに続き、ナタリーも詠唱の体勢をとる。
「次は二対一ですか。せいぜい楽しませてくださいよ」
そう言って、嗤った時だった。
「――まだ終わってないわ!」
土煙の中から飛び出してきた影が、下衆な笑みへと切りかかってくる。不意を突かれたオルカーンは、刀を払って牽制しながら間合いを切った。
「おや? 殺したと思ったのですが」
「言ったでしょう。絶対に負けるわけにはいかないと!」
舞い戻った勇者と、黒き龍剣士の視線が再び火花を散らす。
「いいでしょう、今度こそ止めを刺して差し上げますよ。お仲間の目の前で、無残に。ね」
「ほざきなさい! 【
フローリアは咆哮し、沈めた体勢から、足の一蹴りで距離を詰めてきた。オルカーンの目の前で双剣を振り上げると、剣に注ぐ魔力が色を変える。
「【
形成されていく炎の大剣に、彼もまた、目の色を変えた。
「また同じ手ですか、無駄なことを――【
振り上げた刀が、洞窟内の薄明かりに鈍く光る。双剣を叩き伏せ、斬り上げる刀でがら空きの身体を両断すればそれで終わる。
「【
「何っ!?」
しかし、見ているものとは違う呪文を唱えられ、オルカーンはたじろいだ。確かにツェーレは赤く光っているはず。風を利用した術が発動しても、その魔力の色は変わっていない。
「(そうか……左手の……っ!)」
燃え盛るツェーレの影から躍り出た、左手の鉄剣が答えだと気づいた頃には、遅かった。
動揺したことで刀を握る手の内に狂いが生じたか。振り下ろすことで勢いが乗るはずの一撃ですら、速いだけでそこまで重みがないはずの剣に横から弾かれてしまう。
冷静に、かつ強引に刀を手首で引き戻し、切り返そうと試みるが、紙一重の差で間に合わず。
「ぐぅ……!」
鉄剣の第三剣技とほぼ同時に振り下ろされた炎纏うツェーレが、脇腹に食いこむ。
肉が裂け、内臓が焼きつく痛みに悶える。煮沸した血液で、全身が焼けるようだ。
「これで、終わりよ!」
フローリアの宣言とともにツェーレを引き切られ、オルカーンはついに倒れ伏した。
★ ★ ★
「ちょっとフローラ、大丈夫?」
「……平気よ。少し疲れただけ」
戦いに決着をつけたフローリアは立ち眩むようによたついた。その体をソフィアが支え、ナタリーが落ち着かない様子で見つめている。
そんな、静かすぎる勇者の凱旋を、或鳩たちは壊れた扉の脇に残っていた武器箱の陰でやり過ごす。足音を立てないように部屋の中へ滑り込むと、ようやく一息をついた。
「これは、勝ったんだよな……」
「ああ、勝ってると、思うぜ……」
彪と星呉はおずおずと、互いに確認し合い、
「「いよっしゃああああ! !」」
勇者たちの代わりとでも言うようにハイタッチを交わす。もちろん、歓声は控えめに、小声で、だが。胸に湧きあがる興奮にガッツポーズは抑えきれない。
そんな彼らに混ざることなく、或鳩は部屋の中央に倒れるオルカーンの下へと歩き出す。
彼の腹部に深く刻まれている、フローリアが勝利した証。その焼け焦げた断面からは、大量の血液が流れ出している。息は絶え絶えどころか、ぴくりとも体が動かない。
誰が見ても、即死と判断する容体だろう。
「……おい、オルカーン」
言いながら、或鳩は屍を覆う漆黒の鎧を蹴りつける。
「ま、まさか!?」
「い、生きてんのか!?」
反射的に竦み上がる彪たち。無心で爪先を打ちつける姿は、本当にオルカーンが死んだふりしていて、それを看破した或鳩が起こそうとしている様を思わせるものだったからだ。
しかし、彼は首を振る。オルカーンが死んでいることは百も承知だった。
「一体こいつは何者なんだろう」
「そういうキャラなんじゃないか? ゲームで敵に回る人間にはよくあるケースだろ」
「そう、このくらいなら、主人公がそういうキャラなのかと考察できる。勇者になる役目を奪われて、最初はフローリアと対立しているところからスタートするんじゃないか、とかね」
けれど、と一呼吸おいて続ける。
「昨日こいつは僕らにも攻撃をしてきたけれど、何て言ってたか覚えてる?」
「あー……たしか、オレたちがこの世界を知らないのが虚仮脅しとかなんとか」
「つーことは、なんだ? 俺たちを見て異世界人だと判って、かつ勇者と敵対している人物ってことか」
ぽくぽくぽく、と木魚の音が聞こえそうなほど唸っていた三人は、お手上げだと天井を仰ぐ。
すると、にわかに湧いた青い光が、下からこちらを照らしてきた。
光源を探すために視線を降ろすと、オルカーンの身体から、エクトプラズムのような靄が立ち上っているのが見えた。しかし、或鳩たちがそれを視認した刹那、ぱっと霧散してしまう。
「魔物が死ぬと消滅するみてぇに、人間は死ぬと魂が抜けるのか?」
「有り得なくはないね。生物の死後、魂や魔力が星に還る設定はよくあることだよ」
初めて目の当たりにした、この世界における人間の死。しかしゲームで見慣れていた彼らは、エクトプラズムに驚きこそしたものの、さして恐怖を覚えることはなかった。
「よくあることなんだけれど、ただ……どこかで聞いたような気がするんだよね」
「そりゃあるだろ。今までプレイしたゲームでごまんと見てきてんだぜ?」
「だったら話を戻すよ。結局オルカーンは何者だったのかも分かってない」
「それも仕方ないだろ。オレたちは『フランドルフ』をプレイできてないんだから」
怪訝な表情を浮かべていた或鳩は、星呉と彪に指摘をされても、腑に落ちない様子で唸る。それは結局、「とりあえず、オレたちも戻ろうぜ」という彪の提案でお開きとなった。
コボルトやリステイッヒが倒されたことで広間に散っているフランの回収を済ませて、帰路についた或鳩たちは、洞窟を出たところで、高く昇った太陽の光に目を細める。
折からそっと髪を揺らした春のそよ風に、或鳩は暖かさよりも、生温い何かを感じる気がして足を止めた。空は青く澄み渡り、雲はのんびりと泳いでいる。太陽は、後ろ髪を引かれる胸のわだかまりをほぐしてくれるかのように、燦々と微笑んでいる。
「……僕様としたことが。天文学者じゃないんだから」
自嘲気味に肩を竦める。一体、平和な空模様に何を見出そうとしたのか。
「おーい或鳩、何やってんだよ!」
「早くしねぇと置いてっちまうぜ!」
仲間たちの呼び声に、或鳩はふと、フローリアがオルカーンに放った言葉を思い出した。
――一人で戦っているわけじゃないわ。
「そうだね、僕らは三人だ。かなりのマヌケだけれど、まぁ……多少は頼りになるしね」
何とかなるか。そう楽観的に呟いた瞬間、自然と頬が緩むのを感じる。
「待って、今行くよ!」
仲間たちに返事をして、或鳩は今一度、爽やかな空を見上げた。
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