罪悪感
「どうしよう、オレたちのせいだ」
茂みの中からソフィアたちのやり取りを見ていた彪が頭を抱えた。
「どうしてさ。因果関係はなにもないよ?」
その後ろで、草を踏み固めていた或鳩が首を傾げる。
彼らはフローリアたちに見つからないよう、獣道から外れた場所を寝床に選んでいた。
「よくそんなことが言えるよな。オレたちがコボルトを倒さなければリスティッヒもキレることはなかったし、捕まってた人たちがコボルトを一掃することもなかったろ」
「カジノに行かせなければ、そもそもナタリーに目を付けられなかったかもしれねぇしな」
険しい顔をする彪たち。しかし、或鳩は依然として首が横になったままだった。
「君たちの言っていることがよく分からないんだけど。僕らがいたから、フローリアたちは戦いながらにナタリーと合流できたし、オルカーンにも勝つことができた。何が問題なのさ?」
「あんなに落ち込んでいたフローリアを見ても、まだ言えるのか?」
「冒険に葛藤は付きものだし、彼女の口ぶりからして、いつかこうなる覚悟はあったはずだよ」
片っ端からばっさりと切り捨てる。しかし、それが火をくべる結果になったのだろう。一瞬言葉に詰まっていた彪だったが、怒りの矛先を得たことで、すぐに持ち直してきた。
「だいたいお前のせいだろ! お前が酒なんか飲ませようとしたのが全ての始まりだ!」
「全部僕様のせいにするのか? アインシュタイン曰く『進もうとしている道が正しいかどうかを、神は前もって教えてはくれない』。かといって結果論で物を言うのは間違いだよ」
売り言葉に買い言葉。或鳩もかっとなって身を乗り出す。
「それに僕様の頭脳がなければ、ユベルドラッヘの時点で死んでた!」
「ああそうだな! けどよ、俺たちはフローリアが魔族との共存を考えていることを知っていたんだぜ? お前はもっと相手に寄り添って考えられねぇのか!?」
声に含まれる怒気は、衝動のままに大きく膨らんでいく。
「寄り添うことと共倒れすることは別問題だよ。そのための護衛だろ? それともコボルトにフローリアたちが嬲られるのを黙って見てる方が良かった?」
「護衛? そんなものろくにできてないだろ。剣だってまともに使えない奴が持ってるしな!」
彪は或鳩の腰からエアヴェルメンを鞘ごと引き抜き、地面へと乱暴に叩きつけた。
草の上で横になった剣は、まるで自分と、彪たちとの間に境界線を作っているようで。
「……僕様がいないとサポートのアイデアも浮かばないくせに」
紅い鞘を憎々しげに見下ろしながら、或鳩が吐き捨てた。
「実行するのは俺たちだろ。薬草だって俺が選んだし、戦闘も彪に任せっきりじゃねぇか!」
「そうだ。いつも或鳩は横で何もしてなかったよな!」
「君たちだってノリノリだったろ!? オルカーンにだって勝ったのに何が不満なのかな!?」
「結果論で物を言うなって言ったくせに、お前も結果論じゃねぇかよ!」
「はっ、そうかな! 僕様のは結果を求め、返るべくして返ってきた必然的な事実だよ!」
犬のように牙を剥き合う。一度誰か個人を攻撃し始めたが最後。走った亀裂は大きかった。
「……もういい。どの道フローリアたちが王都に戻れば、オレたちの護衛も終わりだ」
「だな。ラーゼンに帰る方法を早く見つけてもらおうぜ」
彪たちは顔を背け、諦めたように諸手を上げる。
そんな二人に、或鳩は舌打ちをして背を向けた。
「おい、どこ行くんだよ」
「逃げんのか?」
「フローリアのところに行くだけだ。王都に帰るまでは護衛は終わってないからね!」
捨て台詞などではない。自分は至極まっとうなことを言っているだけだ。彼はそう自分に言い聞かせながら、一人、フローリアが消えて行った森の奥を目指した。
獣道を見失わぬよう気を付けながら草をかき分けていた或鳩は、見覚えのある場所に出た。
空を覆う木がまばらになり、その間にそっと降り注ぐ月の光。わずかな光を一身に受けて、神秘的な輝きを見せる川の水面は穏やかに揺れていた。昼間とは随分雰囲気は異なるが、災禍の黒龍から逃げおおせた後に歩いた道である。
景色の違いに見惚れていると、川の中央あたりで目的の人物を発見した。
「やれやれ。無防備に沐浴とは、お気楽なお姫様だ」
軽口を叩きながら、フローリアを見守れるポジションへと陣取る。
木々が光を絶妙に遮ることで、極光のように調節されたカーテンが宙を踊っていた。その下で水浴びをしている彼女の裸体は透き通るように白く、闇に溶ける輪郭のグラデーションも美しい。まるで絵画を見ているような、幻想的な光景に息を呑む。
「…………っ、あれは?」
或鳩はふと、フローリアの向こうの違和感に目を凝らす。川を隔てた反対側に二十近くもの光の点が現れたからだ。不気味なそれらは、ほぼ同じ高さで均等に横並びしている。
「タペータムの影響だね。犬か? いや、狼か」
彼が正体に行き着いた時、フローリアもまた、囲まれていることに気づいたようだ。
剣を取ってくるにも、背を向けることを躊躇しているのだろう。姿を現した十頭の狼たちを見つめたまま、一糸纏わぬ姿で怯えている。どの狼も、軽く大型犬に匹敵する体躯があった。
「ああもう世話がやけるな。……ちっ、剣を置いてきた!」
茂みから飛び出しながら、或鳩は何もない腰元に舌打ちをする。彪め、余計なことを。
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