無力~SIDE GIRLS~

 一斉に襲い掛かってくる斧を、フローリアは両手の剣で扇ぐように迎え撃った。


「――くっ!」


 しかし、当然受け切れるはずもなく。すり抜けた切っ先によって、肩の皮膚が裂ける。


「まったく世話がやけるね、【白の洗礼リヒト・クロイツ】!」


 すかさず放たれたソフィアの詠唱弾を受けたフローリアは、たちまち塞がっていく傷に胸を撫で下ろした。失血までは取り戻せないため過信は禁物だが、頼もしい呪文だ。


「ありがとう、ソフィ」

「それ、いちいち言ってたら疲れない?」


 ソフィアは軽口を叩きながら、顎でコボルトたちを指し示す。集中しろ、ということらしい。

 彼女が捌く二挺拳銃から放たれる魔力の弾丸には実体がない。白銀の『ヴァイスローゼン』から放たれるのは、傷を癒す聖なる力だ。


「それにしてもキリがないわねぇ。こいつら、倒しちゃ駄目なの?」


 苛立たしげに、腐食の力を持つ黒鉄銃『シュバルツリーリエ』を掲げて見せるソフィア。しかし、それにフローリアはコボルトを牽制しながら首を振る。


「駄目よ。リスティッヒの言う通り、私たち人間の方から攻撃を始めているなら尚更、ね」

「いやいや無理があるって。もうあたしら武器抜いてるし、向こうも話聞く気ないし」


 銃でも刃を受けることが不可能でないとはいえ、安易に実行することもできず、ソフィアは踊るように立ち回る。受けることができなければ、避けるしかない。フローリアへ攻撃が一極集中しないのは、彼女と、琥珀猫が動き回ってくれているおかげでもあった。


「おのれぇ……何故耐える。何故迎撃せぬ!」


 煮え切らない戦況に、リスティッヒが動いた。


「争うつもりはないと言ったでしょう。あなたたちが矛を収めるまでいつまでも粘るつもりよ」

「なるほどな。儂らなど取るに足らない。いつまでも粘れる程度に弱い。……ということか」

「違うの、そんなつもりじゃ!」

「舐めるなよ、小娘ぇぇぇ!」


 弁解に必死で、回避が間に合わなかった。リスティッヒが振り上げた斧が、フローリアの瞳に映る。はじめは小さかった怒りの像は、瞬く間に瞳いっぱいへと膨らんでいく。


「フローラっ!?」


 ソフィアが悲鳴を上げた。あれを受けてしまっては、白の洗礼でも取り返しがつかない。

 しかし、いくら腕を伸ばしたところで、脚を動かしたところで。間に合うはずが――

「――【蒼玉揺篭ザフィーア・ヴェーゲンリート】っ!」


 刹那。フローリアの視界を覆い尽くした蒼い奔流が、リスティッヒの一撃を押し返した。


「むんっ?」

「お願い、【紫晶縛鎖アメテュスト・ツヴァング】!」


 思わぬ反撃にたたらを踏んだリスティッヒへと、至極色の鎖が四方八方から飛びかかる。抜け出ようと巨体がもがくも、両手足と腰回りをがっしりと締め上げられては叶わない。


「フローラちゃん、ソフィちゃん、大丈夫!?」


 呼び声に振り返ると、息急き切ったナタリーが駆け寄ってくるのが見えた。


「ナタリー、無事だったのね!」

「心配かけてごめんね。助けてくれた人たちがいたんだ、他に捕まっていた人も無事だよ」

「ったく……ちゃんと助けるまで待っててほしいねぇ」


 ぱっと顔を綻ばせたフローリアの後ろから、ソフィアはまんざらでもなさそうに苦笑する。琥珀猫に魔法帽を咥えさせると、嬉しそうに尻尾を振りながら主の腕へと登っていった。


「フローラちゃんたちに伝えてくれたんだよね。ありがとう、カッツェ」

「きゅぃ!」


 頬をすり寄せてくる琥珀猫の頭を撫で、指輪の中へと迎え入れる。彼から受け取った帽子を被ったナタリーが顔を上げると、表情に気合いが戻っていた。

 姫剣士、魔法使い、僧侶――。集結した勇者パーティの昂然さに、リスティッヒがたじろぐ。


「聞いてリスティッヒ。人質が解放された以上、私たちはあなたを傷つけたりしないわ。戦いは終わりよ、互いに矛を収めましょう?」


 進み出たフローリアは、その意志を示すように、剣を鞘へと納めて見せる。ソフィアも倣って銃を仕舞い、ナタリーは魔法を収束させた。


「傷つけたりしない……だと?」


 しかし、紫水晶の呪縛から放たれたリスティッヒは、不満だと言わんばかりに鼻を鳴らす。


「十分に傷をつけておいて、どの口が言うのだ。女どもが解放されたということは、番をしていた我が同胞をも手にかけたということだろう! どの口が言うのだ! 情けのつもりか!」

「ま、待って。落ち着いて話し合いましょう?」


 フローリアの制止もむなしく、リスティッヒは再び斧を構える。

 しかしその時、聞こえてきた大勢の足音に、全員の意識が逸れた。


「あそこだ! ケダモノどもを殺せ!」

「とにかく殴って! 蹴って! ぶっ潰しな!」


 なだれ込んできた村の女性たちによって、あっという間に室内が殺伐としていく。一匹のコボルトを数人がかりで叩いては、次へ、次へ……。


「なんだい、たわいもないじゃないか!」

「あはは、最初からこうすれば良かったのよ!」


 女性の力とはいえ、コボルトと人間では体格差が圧倒的に違う。ましてやリンチ状態で袋叩きにされれば、同じ人間とて耐えることは容易くないだろう。


「貴様ら……! 傷つけないなど、やはり時間稼ぎ。上辺だけの戯言だったか!」

「違う、違うの! ――みんなもやめて、駄目、待って!」


 戦いの渦へと飛び込んでいったフローリアは、しかし。


「どきな、そいつを殺せないだろ!」

「誰だか知らないけど邪魔しないでよっ!」


 かき分けようとした村娘たちから、逆に突き飛ばされてしまう。


「ソフィ、ナタリー。お願い、力を貸して!」

「了解。【白の洗礼リヒト・クロイツ】!」

「怪我はさせないでね、【紫晶縛鎖アメテュスト・ツヴァング】!」


 癒しの魔弾でコボルトを助け、縄で村人を引き剥がそうとするが、焼け石に水だった。

 いや、むしろ火に油を注ぐ結果になったのかもしれない。

 なにせ敵味方入り乱れているのだ。魔弾が村娘に当たれば捕われていた間の疲労が解消され、活気づいてしまう。伸びた黒鎖が意図せずコボルトの退路を塞いでしまえば格好の的になる。


「そんな……待って……お願い……」


 目の前の光景を受け入れられず、フローリアは無力な自分に立ち竦むことしかできなかった。

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