ナタリー・ラインリープ
宮殿を出る際に、勇者の出立は明日だと教えられた或鳩たちは、まだ太陽が照っている今日の残り時間で他のヒロインたちを探すことにした。とはいえ、当然ながら行く当てがない。
そこで『RPGのマップにおいて主要キャラクターの家というものは、道中それ以外の情報も目にできるよう、往々にして街の両端に配置されているものだ』という或鳩の仮説に基づいて、城に向かって右側から探索を開始した一行は、やがて学校らしき建物へと行き着いた。
校舎を囲む桜並木を辿り、門の役割をしている二つの石柱の前まで来たところで、柱の片方に刻まれた『王立魔法学校』の文字が目に入る。
「学校か。こういう世界の学校って、普通教科とかあるのかな」
「少なくとも日本史はねぇよな。ここ、フランドルフだし」
「あと英語、ついでにドイツ語もね」
好き勝手言いながら、三人は門をくぐる。門からの道は十字になっており、一際大きい正面玄関と左右の別棟とを結んでいた。
ふと、そよ風が或鳩たちの頬を撫でていく。歓迎してくれるかのように舞った桜の花びらを目で追っていると、その向こうに、玄関前で立ち往生している女の子を発見した。
青いショートヘアに、フレアが柔らかな緑を基調とした魔法服。腰元の大きなリボンがより可愛らしさを強調している。目深に被った大きめの魔女帽子と、左腕だけ指先が隠れるほどに伸びた袖が、その小柄な体躯をより小さく見せていた。或鳩よりも頭一つ低いだろうか。
彼女が、国王の前で或鳩が口を滑らせた名前を持つ少女、ナタリー・ラインリープである。
その傍らに鎮座している手押し車には、彼女の目線まで届くほどの書物類が積んであった。
「ちょっとオレ、手伝ってくる!」
台車の取っ手を握ってみては、諦めたように放しているナタリーを見かねて走り出した彪を、或鳩と星呉はひらひらと手を振って送り出す。二人が残ったのは、決して薄情だからではない。
「適材適所だ。力仕事は彪に任せたほうがいいよね」
「俺は行っても、どうせ話せねぇし」
自分に言い聞かせるように呟きあう。二人が残ったのは、きっと薄情だからではない。
「オレも運ぶよ。よっと」
駆けつけるなり、彪は抱えられるだけの荷物を台車から取り上げる。不意に差し伸べられた手にナタリーは飛び上がり、自分も荷物を持たなければと、わたわた跳ね回った。
「わわ、すみません! 引き継ぎの資料、中々運べなくて」
「謝らなくていいよ、気にしないで」
そっと微笑んでなだめられたナタリーは、真っ赤になる頬を隠すように帽子を引き下げた。
「あ、ありがとうございますぅ……」
「ええと、どこに運べばいいかな?」
「あ、はいっ、こちらです!」
我に返ったナタリーは、ぴょこぴょこと小走りで玄関の扉を開き、彪を棟内に迎え入れる。
和気藹々と校舎に消えて行く後ろ姿をジト目で睨みながら、星呉がぼそっと吐き捨てた。
「あのロリコン野郎、目をみはる行動力だったな……」
同じく仏頂面で傍観していた或鳩は、いや、とかぶりを振る。
「ナタリーをロリと扱えば、真性の紳士に怒られるよ。確かに見た目は小さいけれど、彼女は僕らの一個下、十七歳だ。ちなみにソフィアが一つ上。まぁ、人助けの精神は褒めるとしよう」
一歩たりともその場から動かずに笑いあう。二人が残ったのは薄情だったからかもしれない。
そんな、突っ立っている或鳩たちの横から、不意に苛立たしげな声がかけられた。
「すみません、どいてくれませんか?」
魔法学校の生徒だろうか、声をかけてきたのは日本の高校生と似たブレザー姿の少年。或鳩は辺りをきょろきょろとしてから、うーん、と唸りながら男子生徒を何度か見やり、
「もしかして僕様に言った? こんなに道が広いんだから、脇を通ればいい」
両手を広げてふんぞり返る。そんな彼の態度に、男子生徒は舌打ちした。
「俺は
ぐっ、と踏み出した男子生徒に、ずいっと或鳩も顎をしゃくれさせて対抗する。
「低能だって? 主席程度で図に乗れるブルーム風情が、僕様をウィード扱いするつもり?」
「はぁ? 何それ、意味分かんないんだけど。馬鹿にしてんの?」
やはり横文字は通じないが、意図するところは伝わったようだ。男子生徒は優等生の仮面を脱ぎ捨て、思いっきり不快感を露わにした顔で或鳩を睨めつける。
一触即発。天才を自負する同族同士のいがみ合いである。
まぁまぁ、と星呉が割って入ったことで、わずかに互いの距離が開かれた。
「訊きてぇことがあるんだけど、ナタリーのこと知ってるか? 同級生だったりしねぇ?」
話題を逸らそうと試みる。男子生徒は、何度か名前を反芻した後で、ああ、と頷いた。
「教師だよ。『石ころナタリー』のクセに、大魔法使いジーニー様の娘だからってだけでな」
「石ころ?」
「宝石の魔法が使えるんだよ。俺たちの前じゃなかなか見せねぇけど、見たことある奴の話じゃ、ちっこい石ころ出して見せただけだってさ。それにあのチビ、教師のくせに
男子生徒は、憐みを浮かべた顔で一笑に付すと、
「笑えるよな。生徒の俺でも、魔法試験室埋めるくらいの雷を放てるってのに。ああ、俺は首席だったっけ? 力が大きくて当然か。ごめんねぇ、石ころとは出来が違ったわぁ!」
腹を抱えて肩を震わせはじめる。
ぶっちん――。ついに或鳩の堪忍袋の緒が弾け飛ぶ音がした。
「つくづく世間知らずで愚かなガキだね。力が大きいことが優秀なら、ガタイに物を言わせている彪は今頃億万長者だ。必要最小限で効率よく制御する技量こそ、優秀の証だよ」
「……は?」
「実例を見せよう。天・才・の! 僕様がね」
ぴんと人差し指を立てて宣戦布告すると、或鳩はパーカーの袖を星呉の背中に擦りつけた。
「ちょっ、何すんだよ!」
突然の奇行に身をよじる星呉だったが、「いいから動かないで」という一言に制される。
「パーカーはポリエステルで、君のジャケットはウール製。つまり――こういうことができる」
ひとしきり袖をしごいた或鳩が顔を上げ、おもむろに男子生徒の手を握ると、
「痛っ!」
走った静電気に、彼の顔が歪んだ。
「……
豆鉄砲をくらった鳩状態の男子生徒に、ごめんねぇ、と或鳩が舌を出す。
「今は手加減しただけだ。やろうと思えば、僕様に触れた瞬間君を吹き飛ばすことだってできる。アインシュタイン曰く『常識とは、十八歳までに身につけた偏見のことを言う』。天狗になる暇があるなら、もっと学ぶことをおすすめするよ」
「ちっ、これで勝ったと思うなよ!」
男子生徒は追撃を警戒したのか、或鳩に触れないよう遠巻きに走り去っていった。
「おととい来るんだね!」
勝ち誇って得意顔の或鳩に、呆れ顔の星呉がぼやく。
「静電気で吹き飛ばせるわけがねぇだろ」
「静電気を利用してとは一言も言ってないけれど?」
平然と言ってのける或鳩。そこへ、手伝いを終えたらしい彪が戻って来た。
「お待たせ、ナタリーいい子だったよ。……何かあったのか?」
嬉々としていた彼だったが、ふんぞり返った或鳩と、頭を抱えた星呉を見るなり、すぐに声のトーンが低くなる。その問いに、星呉はうわ言のように答えた。
「ペテン師が魔法使いに勝利した」
「……この世界でも被害者が出たのか」
大体の事情を察した彪は頭をかきむしって、もう姿の見えない被害者を憐れんだのだった。
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