Behind the Brave!!~冴えない三バカが異世界召喚されても、勇者になんてなれませんでした~
雨愁軒経
プロローグ~SIDE GIRLS~
フローリアは反射的に顎を引いた。喉元を掠めた刃が、彼女の細い顎から滴る汗を攫ってゆく。石畳の上でたたらを踏みながら間合いを切ると、艶のある赤い髪がふわりと舞った。
眼前の兵士たちを見据える彼女の瞳に、烈火のような闘志が灯る。
もう何人打ち倒しただろうか。残りの兵士は三人、慢心はできない。
普段は王への謁見の間として使用されているこの場所は、固唾を飲んで見守る家臣たちで溢れていた。このような場で、自分が負けるなどはもってのほか。
フローリアは右手で握り直した剣を半身に構え、左手を腰の反対側へと静かに回した。
「お見事です、
ですが、と静かに息を吐き、彼女は重心を落とす。相手をたたえるように抜き払った左手には、もう一本の剣が握られていた。双つの手に剣を携えた構えに、家臣たちから驚嘆が漏れる。
「おお、あれが王家秘伝の」
「姫様の双剣術を、この目で見られるとは」
そういえば他の者には見せたことがなかったという気恥ずかしさと、この技で勝負を決められれば華になるだろうという緊張感に、薔薇の花弁を貼りつけたような唇がたゆむ。
今一度、丹田に呼気を溜める。
刹那。彼女の右の剣には熱情の
「参ります。【
蒼の剣を振り、水の魔力を石畳に叩きつける。舞う飛沫は霧となり、対峙する兵士たちの目をくらませる。戸惑う彼らの声に全神経を集中させたフローリアは、一気に踏み込んだ。
「【
たたみ掛ける、紅き剣による連撃。炎の魔力は漂う霧ごと燃やし尽くすかのごとく、ジュウ、とけたたましい雄叫びをあげながら縦横無尽に舞う。
間もなく、霧の外で発された呻き声が一つ、二つ……。三つ目の声が上がると同時に、フローリアは腰帯の鞘へと両の剣を納め、放出していた魔力を閉じた。
焦げたような臭いを放つ霧が、ぱっと晴れる。残ったのは、家臣たちの歓声と、拍手の雨。
「刃引きをしている剣ですが、大事がございます。本日はゆっくりと、療養くださいましね?」
歓声の中でもフローリアは浮かれることなく、打ち伏せた兵士たちに一人ずつ、労いの言葉をかけていく。彼女から直々にたたえられたことに涙ぐむ兵士の一方で、勝者が放つ侮蔑の言葉と受け取って顔をしかめる者もいた。しかし彼女は意に介さず、微笑みを残して去っていく。
フローリアが広間の中央に敷かれた華美な絨毯へと戻った頃、未だ鳴り止まぬ拍手の中から、ひとつの音が近づいてきた。長い黒髪が特徴的な、線の細い男である。
「お見事です姫様。二つの
「ありがとうございます、ラーゼン閣下」
とりわけ不自然でもない謝辞を返されたというのに、ラーゼンと呼ばれた男は目を丸くする。勝利の興奮に上気しているはずのフローリアの表情が、どこか優れぬものだったからだ。
「よくぞ勝ってみせたな、フローリア」
ふとかけられた厳かな声を合図に、拍手が一斉に鳴りを潜める。絨毯の向こうから、従者を引き連れた国王が歩いてきた。対するフローリアは、スカートを払い、片膝をついて迎える。
「お父様」
彼女の前まで到達した国王は、従者が掲げていた板の上から儀礼用の冠を取り上げると、
「闘いの儀の結果、しかと見届けさせてもらった。そなたを、勇者として任命する」
「はっ。不肖フローリア・フォン・フランドルフ=アデレイド、謹んで承ります」
小さく頭を垂れた彼女を優しい目で見つめ、その赤い髪にそっと金を飾った。
「おめでとうございます、姫様。ただ今のご心境はいかがですか?」
勇者の誕生に歓声が沸く中、慇懃に訊ねてくるラーゼンに、フローリアは俯いたまま自嘲気味に口元を緩めると、おもむろに面を上げ――
「最悪ですわ、閣下」
咲かせた笑顔は、広間の興奮を凍りつかせた。
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