プロローグ~SIDE BOYS~

「ほんと、最悪だよ」


 ゲーム機のディスクトレイを開きながら、衆多院しゅうだいん或鳩あるくは不満げに口を尖らせた。

 ピンク色のパーカーに黒のチノパン、耳にかかるストレートヘア、高めの地声。さらには童顔と、クラスメイトから『0.9hydeハイド』などと言われるほどの華奢な体つき。

 一見して少女のようにも見えるが、生物学的にも戸籍上もれっきとした男性である。


 そんな彼が空になったソフトのケースをぺしぺしと太腿に打ち付けている傍らで、二人の少年が、コントローラーを握りしめたまま首を傾げた。


「最悪ってどういうことだ? ちゃんと『フランドルフ』は買えたろ」


 トレーナーにジーパンというラフな格好の、快活そうなメタボ少年が訊ねる。すると或鳩はフードをむしり取るように脱ぎ、「ねぇあきら、それ正気で言ってる?」と眉間に皺を寄せた。


「『終わりよければ全てよし』なんて詭弁だ。そんなふうに結果だけ注目して過程を鑑みないから、ぶくぶく百貫デブになるんだよ?」

「……百二十貫デブだ」

「凄いな、また増えたの?」


 頭を掻きながら視線を逸らす彪に、或鳩は過去何度目になるか数えるのも忘れた言葉を笑顔で放った。言葉のナイフを刺された彪は、樽から飛び出る黒ひげオヤジのように勢いよく体を仰け反らせながら「やーらーれーたー」と大袈裟に呻いて見せる。


 一連のコントを白い眼で眺めていた長身痩躯の少年が、小さくため息をついた。黒いテーラードジャケットに、切れ長の双眸とウルフカットの茶髪が爽やかだ。


「どうでもいいけど早くやろうぜ。十時間も並んでくたくただ」


 しかし、その催促は失言だった。


「どうでもいいだって!?」


 くわ、とを見開いた或鳩に、彪が「始まった……」と天井を仰ぐ。


「いいかい星呉せいご、このゲームのジャンルはRPGだよ? 僕らがロールプレイする役は当然主人公。フローリアたちと共に、勇者として冒険をする若き剣士だ。ここまでは知っているよね?」

「ゲーム誌から公式サイトの更新から、全部チェックさせられたからな」

「十時間並んでくたくたってのは、誰かさんの解説を聞いていたからだし」

「それならどうしてどうでもいいなんて言えるのかな!?」


 彪と星呉が返した嫌味では、どうやら或鳩に太刀打ちができなかったようだ。


「ゲーム内の主人公が最初は勇者になる夢すら抱かない平民だったとしても、ロールプレイする側は、勇者になる意志を明確にすべきだ。していたらそんな言葉は出てこないね」

「……さっきの『最悪だ』ってのも、それが理由か」


 呆れたように、彪が問うでもなく呟く。或鳩は「当然だ」と頷いて返した。


「勇者の称号は親にねだれば手に入るものじゃないし、サンタがプレゼントしてくれるものでもない! まったく、クリスマスなんて風習はどうかしてるよ。別にキリストの生誕日でも没日でもないし、何よりここは日本だ。全く理解ができないね」


 ふんぞり返ったままの彼の饒舌は、とどまるところを知らない。


「アインシュタイン曰く『現代人のモラルが恐ろしく荒廃している原因は、生活が機械化して人間性を失っているからだ』。玩具メーカーに踊らされていると、何故気づかないのかな?」


 拳を握りしめて熱弁を振るった或鳩は、ぱっと身を翻すと、『フランドルフ』の初回生産版パッケージをひっくり返した。

 一メートル超ほどもある長さの箱には、すでに取り出しているソフトケースと、もう一点のアイテムが入っているだけの簡素な構成。しかし、そのもう一点のアイテムが巨大だった。


「だからこそ、この勇の剣『エアヴェルメン』は、僕様のような天才が持つに相応しい」


 うっとりと目を細くして箱から引き抜く。燃え盛る炎のように煌めく鞘。シンプルながらも細かい装飾が施された鍔。ゲーム内で主人公が持つ剣を模した専用コントローラーである。


「ちょっと待て或鳩。先に聞いておくけど、オレたちも使えるんだよな?」

「えっ、何で?」


 彪が呼び止めると、或鳩は見知らぬ言語でも聞いたかのように、眼をしばたたかせた。


「三人寄れば、って言うだろ。それに俺たち三人で金を出し合って買ったんだぜ?」


 星呉が駄目元で挟んだ捕捉にも、彼はしばらく小首を傾げてから、ようやく、


「馬鹿馬鹿しい」


 吐き捨てた。


「三人寄ってどうにかなるのは知恵だし、君たち二人を合わせても僕様には到底及ばない。君たちが出した分のお金も、僕様という勇者の冒険に同伴するツアー料金としても安いくらいだ」


 分かったかな? と指を立ててみせた或鳩は、軽い足取りでゲーム本体へと向かう。


「リア充じゃないけど爆発して欲しい」

「今度、殺し屋でも探してみようぜ」


 愕然と口を開いている彪たちを尻目に、手早く剣型コントローラー『エアヴェルメン』を繋げていく。表示されたタイトル画面の『はじめから』を選択し、嬉々として立ち上がった或鳩が、コントローラーを鞘から抜き払った――次の瞬間だった。

 ごう、と火の粉が散ったかと思うと、アルミ製の刀身からは考えられないような薄紅の光が放たれ、部屋中を暴れ回る。その輝きは、壁に反射する度に眩さを増していった。


「何これ、演出にしては派手すぎる! さては彪、本当に僕様を爆発させる気だったな!?」

「そんな訳あるか、オレだってビビってるよ!」

「やべぇよこれ、早く火を消さねぇと!」


 悲鳴のように叫びながら、或鳩はエアヴェルメンのあちこちをいじくり回す。

 しかし所詮はコントローラー。剣を振ることでセンサーが反応するタイプのそれは、スイッチはおろか、光を放つ原因すら判らない。


「――だとすると、コードか!」


 ゲーム機本体へと延びているコードに当たりを付け、接続端子を抜くべく飛びかかる。

 しかし、指がプラグへ触れるかどうかというところで、ついに部屋が光で満たされた。


「「「うわあああああ!?」」」


 衆多院或鳩、金成かなり彪、くろがね星呉。三人の絶叫ごと呑みこんだ光が集束し、霧散する。

 静寂が戻った部屋の中には、三人の姿はなかった。

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