まっしゃーじ

「はぁっ……ん、あっ……そこはっ……あぁっ」


 しなやかな紅い髪が、甘い声に合わせて跳ねた。シーツの端を握る手に力が入る。

 悶え震えるフローリアを宥めるように、少年の手が背中を撫でてくる。肩や肩甲骨に圧がかかる度、華奢な体は嬌声を上げた。


「んっ……」


 一度首筋に向かったと思えば、不意に腰を押さえられ、フローリアは思わず体を反らす。


「ほら変な姿勢を取らないで。力を抜いてなきゃ」


 少年からそっと背中を押し戻される。うつ伏せに戻ったことで再びたわんだ胸の中で、心臓がバクバクと駆け足をするのが分かる。


「気持ち……いい……」


 口走ってから、フローリアは慌てて口を噤んだ。

 彼にされている行為については未知だが、それの意味するところはなんとなく知っていた。嫌ではないのだが、経験のない自分が快感に身を任せかけたことに頬が火照る。


「ここがいいの?」


 耳年増故の反応を、少年に拾い上げられてしまった。自分が声を上げてしまったところで留まった彼の手は、ゆっくりと、重点的に押しほぐしてくれる。


「んっ……手が、優しい……。優しすぎて……あっ……触られてるところが……熱いの」


 背筋がゾクリと震える。服越しに伝わってくる体温に、頭が蕩けそうだった。

 おかしい。ソフィアやナタリーから話を聞く限り、巷の男女の場合では聞くのも恥ずかしいような行為だったはず。これほどに甘美な誘惑で溢れたひと時だったのだろうか。


「あんっ……もっと……ぉ……」

「はい上向いてー」


 込み上げる心地よさを懇願したところで、しかし、ぐるりと体を仰向けにされてしまう。

 もう終わりなのだろうか。物足りないと視線で訴えるも、少年は気づいていないようだ。


「背中は……もう、終わりなの……?」

「あまりやり過ぎると、揉み返しが辛くなるからね」


 フローリアは心中で首を傾げる。淡々と慣れた様子で告げてくる彼の言葉がよく理解できないのは、自分に経験がないからだろうか。

 彼はどの程度まで先を知っているのだろう。もどかしさが募る。

 目の前の少年をもっと知りたいと逸るあまり、フローリアの呼吸は荒くなっていた。麻の寝間着の中にアンダードレスこそ着用しているが、胸の下着は外している。それでも形が崩れることなく弾む膨らみと焦がれる想いに、胸元のボタンがはちきれそうだった。

 鎖骨と腹部を通り過ぎた少年の指先が、太腿の付け根へと滑り込んでくる。


「やだ、声……出ちゃう、んっ……」

「鼠蹊部だからね、仕方ない。別に問題はないから声くらい出せばいいよ」


 優しげな声をかけられ、触れられている部分の奥が、きゅんとするのを感じた。


「どうして……あなたは、こういうことに……慣れてるの……?」

「んー、たまに星呉からやってもらうからね。あいつは伊達に医者の息子じゃないよ」


 息子という単語にフローリアは戸惑った。彼は男との経験があるのだろうか。

 いや、しかし。彼女はぼやける頭を全力で回転させ、ある結論にたどり着く。


「えっ……と……これは、一体何をしてるの……かしら……?」

「何って、マッサージだけど。マッサージって言って通じるよね?」

「あっ、えっ? えっ? ……、~~~~っ!」

「ええと、何だと思ったの?」

「いやぁ、聞かないでぇっ……!」


 恥ずかしさで目を覆う。まさか、気が逸っていたのは自分だけだったなんて。


「よく分からないけど、ほら力抜いて。固くなったら意味が無いんだってば」


 腕をどけられ、彼と目が合ってしまう。フローリアはいやいやと首を振ったが、体は正直だった。体の芯まで響くような下腹部への刺激に、思わず声が漏れる。

 彼女のきめ細かい肌は、うっすらと汗ばんでいた。


「気持ちいいということは、それだけこってるってことなんだから。ほら、脚を開いて」

「だめっ……頭、真っ白に……なっちゃう……からぁっ……!」


 咄嗟に手のひらで口を押さえるも、切なげな声は隠し通すことができない。


「んっ……あああああああああっ」


 一際大きな波が押し寄せ、フローリアは堪えきれずに嬌声を響かせた。

 木製の壁に声が吸い込まれ、部屋には彼女の激しい息遣いだけが残る。厳しい剣の稽古をしたように胸が高鳴っているが、疲労どころか、充足感で満ち溢れている。


「はい、おしまい。異常なくらい固かったね」


 パンパン、と手のひらが打ち合わせられた音に、フローリアは意識を引き戻された。


「武具を身に着けるせいか、姿勢が良い割に骨が歪んでる。セルライトを気にする必要がない健康的な体ではあるけれど、定期的にマッサージをしてリンパの流れを整えるべきだと思うよ」

「しゅごい……これが、まっしゃーじ……」


 彼の言葉の端々が意味するところは相変わらず良く分からなかったが、マッサージによって軽くなった全身に、フローリアは呂律が回らなくなるほどに恍惚とした高揚感を抱いていた。


「僕様は部屋に戻るから、それじゃ」

「ま、待って!」


 端的に踵を返した少年の背中を呼び止める。面倒くさそうに振り返った彼を、フローリアは縋るように見つめて、


「腰……抜けちゃった、みたい……」


 苦笑混じりに助けを求めると、盛大なため息で返された。

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