~SIDE 星呉×ソフィア~(後)

「遅れて悪いね、色男。あんたが戦ってるのはだいぶ前から知ってたんだけど、遊びに出てた孤児院うちのガキどもがそこらじゅうで泣きじゃくっててさ」


 ソフィアに促され振り返ると、一緒に遊んだ――もとい、遊ばれた女の子たちが並んでいた。


「よーしお前たち、お兄ちゃんを抱えて端っこに避けてな!」

「「「「「はーい!」」」」」


 元気よく返事をした女の子たちによって、星呉はあっと言う間に道端へと運ばれる。傷が治ったからには寝ているわけにはいかないと、腕を地面に立てて踏ん張るが、


「だめだよ、血がどばーってでちゃったんだから!」

「ソフィアお姉ちゃんの言いつけは守らなきゃメッなんだよ!」


 一斉に押さえ込まれては、力の面でも、言葉の面でも太刀打ちできなかった。






    ❤    ❤    ❤






 観念して大人しくなった色男を横目で見ていたソフィアは、仔龍を前に苦笑する。


「さぁて、偉そうに啖呵切っちまったけど、どうしようかねぇ……」


 自分が使える技はたった二つだけ。

 一応の攻撃技である、シュヴァルツリーリエの『黒の洗礼』だが、黒龍を前にしては心許ない。かといって、フローリアたちがいない今、回復弾『白の洗礼』を撃てるヴァイスローゼンを構えていたところで、何もできることはない。

 仔龍と睨み合いを続けていても、埒が明くはずなど微塵もないことだって重々承知していた。


「ソフィアお姉ちゃん!」


 不意に呼びかけられ、はっと顔を上げる。自分が顔を上げたということに、さらに息を呑んだ。どうやら仔龍の目を睨んでいるつもりで、顔自体はだんだんと俯いていたようだ。


「がんばれーっ!」「負けんな、ソフィア姉ちゃん!」「おねーちゃん、いけぇ!」

「お前たち……逃げなきゃ駄目じゃないか……」


 いつの間にか、子どもたちの声に囲まれていた。自分を応援してくれる言霊は合唱となり、


「嬢ちゃん、やっちまえ!」「ソフィアさんならできるよ!」

「うぉぉ、ソフィアさまぁぁぁ!」「あたしも手伝うよ、ソフィアちゃん!」


 教会に避難していた他の人々たちによって、大合唱へと昇華する。礼拝の常連である顔馴染みの連中などは、手近な瓦礫や木材を掴んでは、仔龍へと投げつけていた。


「みんな……危ないって……」


 口では諌めながらも、ソフィアは目に込み上げてくる熱いものに、唇を震わせる。

 そんなことをしたところで、勝てる可能性など皆無だろう。しかし、


――ソフィは勉強してないだけよ。あなたも特化型なんだから、可能性は未知数でしょう?


 脳裏を過ったお節介な言葉に、目を閉じる。あの時は適当に返事をしていたが、今は違う。


「……ありがとうフローラ。あたしも、ちょっとは頑張ってみるよ」


 胸を熱く滾らせてくれる彼女の言葉が、ただただありがたい。


「新しいものがないなら、今あるもん全部ぶつけてやろうじゃないか!」


 歯を見せたソフィアは、四方八方から物を投げられてたじろぐ仔龍へと、銃を構える。

 国民すべての想いを一身に背負ったフローリアの覚悟。自分よりも誰かの痛みを優先して考えることができるナタリーの優しさ。それらが今、心の底から理解できたような気がした。

 二挺拳銃の照準を一点集中しようとして、ふと、仔龍のみぞおちにできた痣に気付く。


「……まったく。色男を助けたつもりが、あたしが助けられちゃってるね」


 自嘲気味に笑いながらも、胸の中に渦巻く温かい気持ちを銃に託し、引き金を引いた。


「これが今のあたしの全てだ、喰らいなっ! ――【主に給わりし極光の裁きノルト・リヒト・クロイツ】!」


 双つの銃口から放たれた白黒の光は、互いに螺旋を描いて交わりながら、黒龍の身体に残る急所の印へと突き進む。審判を下す黒の力を導くように、癒しの白が威力を増幅させていく。

 ついに仔龍の水月を抉った詠唱弾は、そのまま傷口を潜り、背中を貫いて抜けていった。

 ガアアアアアア、と断末魔を上げた仔龍は、膝をつき、首を伏せ。金貨を残して消滅した。

 周囲からどっと歓声が上がる。ソフィアは、応援してくれた隣人たちへ軽く微笑みを投げて踵を返し、色んな意味でぐったりとしている好青年の下へと向かった。


「あんたのおかげで助かったよ、色男」


 手を差し出すと、彼はおっかなびっくりといった様子で握り返す。


「…………俺こそ……助けてくれて、ありがとう」


 片言ながらも初めて返された言葉に、思わず笑ってしまった。


「なんだい、ちゃんと喋れるんじゃないか。あたしはソフィア、ソフィと呼んでくれてかまわないよ。あんたの名前は?」

「せ……星呉」

「セーゴ、ね。よろしく」


 腕を引いて起こすと、星呉の身体が立ちくらみに揺れる。それを慌てて支えながら、


「あーあー、だいぶ出血してたんだねぇ。ほら、肩貸すから掴まりな」


 しかし、その提案には首を横に振られてしまった。

 ソフィアは、伏し目がちに震える視線が、彼を抱きとめた時から触れていた自分の胸に注がれていることに気付くと、悪戯っ子のように上唇を舐めて、囁く。


「はっはーん。さてはセーゴ、あんた童貞ね?」


 びくん、と面白いように跳ねた星呉の慌てっぷりに、さらに笑いが込み上げてくる。


「ほーらほら、功労者の特権だ。どさくさに紛れたって、今なら許してあげるかもねぇ?」

「(ふるふる! ぶんぶん!)」

「ほら遠慮しない。あたしだって生娘だ、こんなことするの、男ではセーゴだけなんだよ?」


 いくら説得しても頑として首の横振りをやめない星呉。そんな彼へのセクハラ攻撃は、首を振りすぎたために再び貧血を起こすまで続くことになる。

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