姫様とカジノ
「えっ……と、これ!」
フローリアがカードを捲ると、周囲のオヤジどもが景気よくどよめいた。
目に痛いくらい派手な内装のカジノに彼女たちが入ってから小一時間。すでに卓には初期投資である金貨一枚――額にして百フラン――の二十倍近い金銀の貨幣が積み上げられていた。
興奮気味にハイタッチを交わしている姿を、離れたところから見守る或鳩たち。
「すげぇ。日本円だと……ええと、五千円が十万円に化けたのか」
「ビギナーズラックってやつかな」
「違う、勝たせてもらってるんだ。チップを使わず現金でやり取りするのはさすが村らしい馬鹿っぷりだけれど、あのディーラーはやり手だね。調子に乗っていると、倍額失うよ」
一挙手一投足をつぶさに観察していても、イカサマの尻尾を見せないディーラーに舌を巻く。
カジノにおいてチップを利用することには大きく二つの理由がある。一つは金の回収を容易にするため。そしてもう一つは、無機質なチップを扱うことで自制心を狂わせるためだ。
或鳩の言う通り、現金を用いるここのカジノは素人としか言えないが、しかし、フローリアたちが酔っているという点で、この問題は問題として機能しなくなっている。
現に、王都の隣とはいえ辺鄙な村において、初期の賭け分が金貨である彼女たちは格好の的。有り金を全てターゲットにされているのか、どこまでも泳がされていた。
「さっき説得してみたけど、けんもほろろだ」
「すっかりギャンブルにハマっちまったな……」
お手上げだといわんばかりに肩を落とす彪たち。そんな体たらくに嫌味を言おうとして、或鳩は二人の肩越しに見えた店の奥に目を留めた。
オーナーらしき強面の男が、ディーラーに何やら指示している。ディーラーは頷くと、現在フローリアたちの卓についている担当に近づき、何ごとかを耳打ちで伝えた。
「まずいね……星呉、ちょっとひとっ走りして、宿からさっきの酒を持ってきて」
「お、おう」
怪訝な顔をしながら、とりあえず従った星呉が戻ってくるまでにも、フローリアたちの手元に見せ金が積み上げられていく。
或鳩は酒を受け取ると、彪へと向き直った。
「よし、今からフローリアたちを酩酊させて、無理矢理連れ帰るよ」
「酩酊って……体力回復はどうしたんだよ」
「有り金スられるよりはマシだよ。いいかい、鉄則は『チャラく振る舞うこと』『フローリアたちの名前を呼ばないこと』『一気飲みはさせないこと』だ。いくよ」
彼は傍の台からグラスを三つほど拝借し、女性の前で喋れない星呉を残して出陣する。
フローリアたちの台に近づくと、パーカーのフードを深めに被り、ポケットに片手を突っ込み、気持ちあごをしゃくれさせながら隣に腰かけた。
「へいへいへーい、ちんたら賭けなんてしてないで、景気づけに呑もうYO!」
「へ、へいへーい……オ、オレたちが酌をしてあげるZE!」
或鳩のヘンテコな調子に、彪もぎこちなく合わせる。周りの客やスタッフは、はじめこそ顔をしかめたものの、調子のいいアホな客と認識したのか、すぐに盤上に意識を戻した。
そうこうして、グラスもそれぞれ三回ほど飲み干され、くすねた酒瓶もそろそろ尽きるかという頃。やはりというべきか、フローリアたちのテンションは最高潮だった。
「ろんろんいくわよ! カルレちょーらい!(※どんどん行くわよ! カルテちょうだい!)」
「へいねーちゃん。そろそろやめたほうがいいんじゃねぇのKA?」
「やーら。あろけーひんがほしいろ!(※やーだ。あの景品が欲しいの!)」
連れ戻しモードに入った或鳩だったが、駄々っ子のようなフローリアに手を払われてしまう。
彼女が欲しいとねだっているのは、店の奥に並んでいる景品のうち、最も値が高いものだった。童話を元に作ったという伝説の剣のレプリカで、換金額は五千フランにも及ぶ。
フローリアの持っているものとはだいぶ形は違うが、片方の青い剣はツェーレだろうか。並んでいる赤い剣も同様だが、市販の鉄剣にペンキをぶちまけただけのような酷い作りだった。
「へいへいねーちゃん。今の手持ちはせいぜい二千五百フランYO? 無理だっTE!」
「やら、れんせつのけん、わらひがつかうろぉ!(※やだ、伝説の剣、私が使うの!)」
「いやいやレプリカだかRA。書いてあるだRO? よーくチェケラ!」
「やらやらやらぁ! …………れっ?」
ぐずりながらもゲームを続行したフローリアは、捲ったカードの絵柄に首を傾げる。
「残念でしたねお客様。ただ今の賭け分はこちらで預からせていただきます」
ディーラーの微笑に、或鳩は目を細める。フローリアたちを連れ戻そうとする流れを見て手を打たれたのだろう。全額ではないものの、半分近いフランをはく奪されてしまった。
「(まずいね……かけ金は捨ててもいいから連れて帰るよ)」
「(あ、ああ。了解)」
彪とアイコンタクトをとり、星呉も呼び寄せる。これで運搬部隊は整った。
「へいへいへーい。負けちまうだなんて、やっぱ悪酔いしてるNA!」
「へいへいへーい。帰ろうZE! 今の勝ち分だけで十分だRO?」
「(こくこく)」
彪たちが酩酊状態のフローリアたちを強引に抱き上げるのと同時に、或鳩はパーカーを脱ぎ、盤上の金貨を回収していく。フードと裾を手早く折り畳み、袖を結んで肩に引っかけると、
「さて、帰るか。HoHoHo!」
呆気にとられる観衆の間を、サンタクロース気取りのおちゃらけた態度ですり抜けて行った。
宿に戻る道中、投げっぱなしのゲームに喚いていたフローリアたちだったが、彪たちの肩に揺られているうちに、いつの間にかまどろみへと沈んでいた。
彼女たちを部屋のベッドにそっと下ろし、彪と星呉は一息をつく。
「無事……帰って来れたな」
「無事なもんか。ギャンブル依存の種を巻いたわ、二日酔いの可能性はあるわで最悪だよ」
フローリアたちの金貨袋にフランを移し終えた或鳩が、気だるげにパーカーを羽織る。
「それにしてもかなりあるな。宿代くらいもらってこうぜ」
「酔った彼女たちが正確な額を把握していないあぶく銭とはいえ、恥を知れ」
「仕方ないだろ。それに、お礼がしたいって言ってたし」
星呉を諌めたところで、彪からも誘惑を持ちかけられ、或鳩は唸った。
ここで意地を張ったところで、実質文無しの現状、チェックアウト時にトラブルになることは明白だった。最悪、先に出立したフローリアたちを見失うことになりかねない。
「……僕らと、フローリアたちの宿代。六十フランだけだよ」
罪の意識に歯切れを悪くしながら、金貨袋へと振り返った。
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