第四章 三バカと誘拐と覚醒する双剣

拉致

「澄み渡る空!」「真っ白な雲!」「ぽかぽか太陽!」「爽やかな風!」


 宿の軒先で、彪と星呉はしりとりでもするように叫びあっている。


「「朝だあああ―――っ!」」

「……うるさいなぁ、朝っぱらからどうしてそんなに元気なのさ」


 両腕を突き出してはしゃぐ二人の背後から、チェックアウトを終えた或鳩が合流する。

 異世界三日目の朝は気楽なものだった。起き抜けに変装をして、会計はしなくていいことをフローリアたちに伝えるだけ。簡単なお仕事である。


「金は足りたのか?」

「ちょうど六十フランだったよ。六人分でこの額は、物価の違いを感じるね」

「ゲーム世界の宿もリアル準拠にしちまったら、クソゲー待ったなしだけどな」


 朝夕の二食付きの一泊で、日本円にして一人当たり五百円の宿などまずありえない。或鳩たちは価値観の相違に戸惑いつつも、少しずつこの世界に順応していた。

 しかし、心地よい朝の空気も束の間、彼らは熱気に足を止めることになる。


「ああ……まただよ、暑苦しい」


 仕事始めに向けて、往来を闊歩する男、男、男。工具やら木材を担いだ筋肉質の男たちは、或鳩たちの清々しい気分をたちまち墜落させていく。


「王都から一つずれるだけで、雰囲気ががらっと変わるもんだな」


 感心している彪の横で、或鳩は「おかしいな」と顎に手を当てた。


「ねぇ、この村って……女性がいなくない? いくらなんでも、昨夜あれだけ動き回って、フローリアたち以外の女性を見ていないのは変だよ」

「この辺りに職場が密集しているだけで、集落は村はずれにあるとか?」

「バカ言え。仮にベッドタウンがあったとしても、女性の働き手がいないのは不自然だよ」

「とりあえず、フローリアたちを探しがてら散策してみようぜ」


 他に策もなく、或鳩たちは星呉の提案に乗ることにした――矢先だった。


「言いなさい、あの子をどこにやったの!」


 喧噪の中でもはっきりと聞こえた、鬼気迫る女声。


「この声は……フローリア!?」


 不穏な様子に、或鳩たちは取るものもとりあえずと駆け出した。






    ❤    ❤    ❤






 クライネ村の中でも、一、二を争う大きさの建物。土建屋だろうか。様々な木材が辺りに積んである広間の中央で、フローリアは従業員と思しき男たちと対峙していた。

 彼女の腸は煮えくり返っていた。毅然とした態度で一歩間合いを詰める。


「悪いが言えねぇ。俺たちも命がかかってるからな」

「自分たちのためになら、女の子一人拉致しても構わないというの!?」


 胸に抱えた帽子を強く握り直すフローリアと、隣で周囲に睨みをきかせるソフィア。彼女たちの足下では、男たちを威嚇するように牙を剥き、尻尾を逆立てた琥珀猫がいた。

 別の部屋で寝てしまっていたらしいフローリアは、自分を探しにきたソフィアによって叩き起こされた。必死の形相に理由を尋ねると、ナタリーが帽子だけ残して姿を消したのだという。

 仲間を捜索すべく外に飛び出すと、そこで、村の男衆に噛みつく琥珀猫の姿を発見したのだ。


「命がかかっていると言ったわね。誰かに脅されてるのかしら?」

「ぐっ、それは……」


 図星を指され、男たちの顔が一様に曇る。そんな包囲網の中に、宿の亭主の姿を見つけたソフィアが、修道女が生業とは思えないような底冷えのする視線を向けた。


「なるほどねぇ。昨日女手も欲しいって言ってたのは、そいつに献上するためかい?」

「献上だなんて! 人質に取られていると言ってくださいよ!」

「はっ、歯に衣着せたって意味は同じでしょうが!」


 交渉などしなければよかったと、ソフィアは苦悶の表情を浮かべる。フローリアも同様に、いくら問い詰めても欲しい回答が返ってこないことへの焦りが見えた。


「質問を変えます。人質を取っているのは誰で、どこにいるのですか?」


 感情的になりそうな気持ちをぐっと堪え、できるだけ丁寧に言葉を紡ぐ。

 しかし、返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。


「な、なぁ。あの子の場所へ連れていく代わりに、大人しく捕まってくれないか?」

「……はい?」

「リスティッヒの所へ行けば、あんたらも再会できるぜ。だから、な?」

「見た目も上玉だしな。あんたたちを差し出せば、当分平穏に暮らせる!」


 フローリアは、彼らの言葉を理解するまでに数秒を要した。そうしている間に、男衆の汗臭い包囲網が狭められてしまう。すかさず二挺拳銃を抜いたソフィアが割って入った。


「ソフィ」

「断る」


 フローリアの声を、彼女は視線は敵へと向けたままで遮る。


「もう一度言うわ。銃を収めなさい」


 姫の立場があるフローリアは、たとえナタリーを攫った犯人たちとはいえ、国民を傷つけることに抵抗があった。その意志を言い渡されたソフィアは、渋々と銃をホルスターに仕舞う。


「……ねぇ、いっそあんたの名前を出した方が早いんじゃない?」

「駄目よ。私の肩書は、誰かに言うことを聞かせるためにあるんじゃないわ」


 フローリアの真剣な眼差しに、ソフィアは観念して後退した。


「……な、何の話だ。あんたたち、何者なんだ?」


 命令。肩書。そんな含みのあるやり取りに、男たちの目の色が変わる。

 しかし、フローリアはそれを黙殺する。姫や勇者という立場を濫用すれば、皆がそのように接してくることを知っていたからだ。上の立場の人間を前に真面目を装うことは致し方ない部分もあるが、それでは世の中の真実が見えてくることはないと考えていた。


「三つだけ聞かせて。一つ目、そのリスティッヒというのは何者?」


 代わりに一人の人間として、真摯に問う。ナタリーを待たせることは歯痒いが、村人たちの後ろに大きな何者かがいる以上、今は少しでも情報が欲しかった。


「……魔族だよ」

「そう。では二つ目よ。もしかして、この村の女性たちもその魔族のところへ?」

「みんな奴に奪われたよ。女も子供も! そうしないと、俺たちみんな殺されちまう!」


 大の男が叫ぶように訴える、悲痛な現状。

 直接言葉にされることで、彼らに根付く闇がどれ程のものかを思い知らされる。理不尽に怒りを露わにする者。愛する人を奪われたのか、涙する者。全てを諦め、瞳に生気のない者。

 それらを一つずつ見渡しながら、フローリアは最後の質問を投げかけた。


「三つ目よ。リスティッヒは、どこにいるの?」

「そ、それを聞いてどうするんだ? 奴の手下はどれだけいると思って――」

「教えて」

「いや、お前たちみたいな小娘が行ったところで――」

「教えなさい!」


 一喝したフローリアに、村人たちは言葉を失った。身分を隠し、仲間を助けたい一人の少女として修羅を纏った彼女の払う威風が、武の経験がない素人たちすら戦慄させたのだ。

 次にオルカーンと相見える時を考えれば、この程度で立ち止まってはいられない。

そんな、フローリアの瞳の奥で燃える炎に気づいたのかは定かではないが、


「き、北外れにある洞窟だ」


 かたかたと震えながら、一人の男が答えた。


「……そう。一度準備を整えるから、お店を持っている人は開けてもらえるかしら」


 有無を言わせぬ口調で告げ、フローリアは琥珀猫を抱き上げると、


「行くわよソフィ」

「あいよ」

 堂々たる一歩で、ざわめきを割った。






    ★    ★    ★






 一連のやり取りを、物陰から見ていた或鳩たち。


「なるほど。女性がいないのも、そういうことか」


 合点がいったと頷く或鳩を、不安げな彪が急かす。


「納得してる場合じゃないだろ。ナタリーが攫われてるんだ、オレたちも行かないと!」

「北の洞窟って言ってたよな。……北ってどっちだ?」


 首を傾げた星呉に、或鳩は無言で指し示す。


「よく分かるな。太陽の向きか何かか?」

「いや、太陽で知るには道具が必要だ。それより見てごらんよ」


 促されて、星呉たちはざわめきの残る広場へと視線を移す。

 フローリアたちに付いていった男や、静観を決め込んで自分の仕事へ戻っていく男たちがあらかた去ったそこでは、残った男たちの誰もが、心配そうに同じ方向を見つめていた。


「なるほど。みんな洞窟の方を見てるってわけか」


 或鳩の観察眼に舌を巻いた二人は、一足先に行ってしまった背中を追いかけた。

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