花をめでる会 3

 花をめでる会当日。

 よく晴れた空のしたでは、華やかな談笑の声が響き渡っていた。

 噴水を挟んで、フェリシテが育てた花と、ジョアンヌとウィージェニーが育てた花がそれぞれ展示されている。

 伯爵家以上へは招待状が配られ、城の庭には大勢の貴族が妃たちが育てた花を見ようと押しかけていた。


 お茶やお菓子も用意されて、城のメイドが忙しく動き回っている。

 クラリスは侍女だが、当日は侍女が交代でフェリシテのそばについているので、実質の仕事時間は二時間そこらだ。


 はじまりから二時間ほどフェリシテの側で侍女としての仕事をし終えたクラリスは、今はゆっくりとお菓子を食べながらフェリシテの花を眺めている。

 来客が不用意に花に触れないように、展示物の周りには柵がされて騎士が立っている。

 アレクシスはグラシアンの側近のため、花の監視の仕事はないようで、先ほどからグラシアンに連れられて挨拶に来る貴族の相手をしていた。


(……はあ、ついついアレクシス様の姿を探してしまうのが悲しい)


 気がつけばアレクシスはどこにいるのだろうと探してしまうクラリスは、花を見るのに集中しようとアレクシスのいる方角に背を向けた。

 ウィージェニーが育てた花も、ジョアンヌが育てた花も見事だが、やはり会場で一番注目されているのはフェリシテの虹色の薔薇だ。


 もともとフェリシテが改良した薔薇は人気がある。花をめでる会で発表されたあと、毎年、花の苗を譲ってほしいという申し込みが殺到するそうなのだ。

 そうした改良された薔薇は、厳選した数店の園芸店にのみ卸される。その売り上げはそのまま国庫に納められるが、これがなかなか馬鹿にならない金額らしい。


(ただ、虹色の薔薇は育てるのが難しいみたいだから、今年は販売しないかもしれないけど)


 フェリシテによれば、虹色の薔薇はなかなか蕾をつけないらしい。蕾をつけさせるためには、温度管理や肥料、剪定などに非常に気を使うそうなのだ。現在今の虹色の薔薇を使って、もっと育てやすくできないかとフェリシテが改良中なので、そちらが成功してから市場に出すつもりなのだろう。


 ふふふ、と鈴を転がしたような楽しそうな笑い声が聞こえたので顔を向けると、少し離れたところでフェリシテと国王が談笑していた。

 国王は今年もフェリシテが育てた花がお気に召したようだ。漏れ聞こえてくる言葉の中には「あの薔薇がほしい」といったものがある。おそらく虹色の薔薇のことだろう。


「会が終われば、いくつか切ってお持ちしますわ」

「ああ、頼む。あちらもいいな」

「あちらは花を切るより鉢植えのままの方が楽しめるかもしれませんわね。この時期なら温室でなくても大丈夫ですから、そのままお部屋にお持ちしましょう」


 仲睦まじい夫婦の会話に、クラリスはほっこりしてくる。記憶では今回もフェリシテの花が選ばれるはずだったが、花が切り刻まれるという事件があったので多少の不安もあったのだ。しかし、この様子だと大丈夫そうである。


(……フェリシテ様って、陛下がジョアンヌ様を娶られたとき、どんなお気持ちだったのかしら?)


 国王夫妻を見つめていたクラリスは、ふとそんなことを思った。

 王族なのだからそれが当たり前だと、今まであまり気にならなかったことが急に気になってくる。

 王妃という立場ではあるが、フェリシテだって一人の女性だ。クラリスはアレクシスがウィージェニーと浮気をしたと知っただけで身が引き裂かれそうに苦しかった。だが、フェリシテの場合は浮気どころか夫のもう一人の妻として受け入れなければならないのだ。


(わたしだったら……耐えられないわ)


 好きな人が別の人も妻にするなんて、クラリスには許容できない。

 立場上認めるしかないとはいえ、フェリシテはどんな気持ちだったのだろう。クラリスと同じように苦しかっただろうか、それとも割り切ることができたのだろうか。

 こんなことを考えてしまう自分は心が狭いのだろうか。

 王室に限らず、貴族の中には愛人を抱えている人もいるわけで――、それが当たり前なのだと、本来であれば割り切るべき問題なのだろうか。


 アレクシスの浮気の結果、クラリスは二年後の未来で命を落としたわけだが、それがなくても嫌なのだ。殺される殺されないという事柄よりも、アレクシスの心が他人に移ったというのが何よりも。

 どうやらクラリスはアレクシスに相当執着しているらしい。

 何となくわかっていたけれど、改めて思う。

 執着しているからこそ苦しくて、だからこの執着から早く逃れたいのだ。解放されたい。大好きなアレクシスを大嫌いになって、苦しまないで生きていきたい。

 だから早く、この「好き」という気持ちが消えてなくなればいいのに。


「クラリス、ちょっといいかしら?」


 どうすれば「好き」が「嫌い」に代わるのだろう。答えのないことを考えていたクラリスは、フェリシテに声をかけられてハッとした。


「はい!」


 急いでフェリシテの側に行けば、フェリシテが困った顔でおっとりと頬に手を当てる。


「休憩中ごめんなさいね。実は今思い出したのだけど、温室に、飾る予定にしていた鉢植えを一つ忘れてしまったみたいなの。小さなものだから、取って来てもらえるかしら?」

「はい、大丈夫です」


 返事をしながら、クラリスは飾る予定の鉢が他にあっただろうかと首を傾げる。

 鉢植えの数は事前に聞いていたし、飾る予定の鉢に小さなものはなかった気がするが。

 不思議に思うものの、フェリシテがわざわざ頼んできたのだからそうなのだろう。


「温室の入口に置いてあるから」

「わかりました。すぐに取ってまいります」

「ああ、いいのよ、ゆっくりで。ゆっくり行ってきてちょうだい」

「? は、はい、わかりました」


 ゆっくりでいいとフェリシテは言うが、花をめでる会も半分終わったころだ。急いだほうがいいのではなかろうか。


(優雅さを忘れずにっていう意味かしらね?)


 ゆっくりというのは、貴婦人らしく優雅に行ってこいということかもしれない。

 確かに大勢の貴族がいる前で、慌ただしく行動するのは避けるべきだろう。

 クラリスは丁寧にフェリシテと、そして隣の国王に腰を折って挨拶をしてから温室へ向かった。


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