すれ違う夫婦 1

「明日から少し、城に泊る日が増えることになったんだ」


 ジョアンヌの葬儀から三日ほど経った日の朝、朝食を食べながらアレクシスがそんなことを言った。

 今日は二人とも休みで、登城する日よりも遅い朝をのんびりと楽しんでいる。

 父と母は今年の夏は最初から終わりまで領地で過ごすと言って先月ブラントーム伯爵領へ出発したので、王都の邸にはアレクシスとクラリスの二人きりだ。とはいえ、侍女をはじめ、使用人たちはもちろんいるが。


「何かあったんですか?」


 毎年国王夫妻をはじめグラシアンたちも夏は一月ほど避暑地へ向かうが、今年は王太子夫妻に子供が生まれたこと、そして自殺したジョアンヌの喪中ということもあり、避暑地へは向かわないことにしたと一昨日聞いたばかりだ。

 避暑地へ出立するならその準備でバタバタするが、そうでないならいつも通りの日常のはずである。

 アレクシスはマチルダの臨時の侍女仕事にあわせてグラシアンの側近に復帰したが、新婚なので泊まり仕事はほとんど免除されていた。


(グラシアン様に毒が盛られたけど、第二妃様が犯人だったのよね? だったら警戒する必要はないと思うのだけど)


 そう思いつつも、クラリスも腑に落ちないものは感じている。そんな不安があるからこそ、アレクシスが城に泊ると聞くとなにかよくないことが起こったのではないかと思ってしまうのだ。

 けれど、クラリスの心配をよそに、アレクシスは笑顔で首を横に振った。


「なにもないよ。殿下が本調子でないから、その補佐に回ることになっただけだ」

「そうだったんですね」


 グラシアンはだいぶ調子がよさそうには見えたが、一度は生死の境をさまようほどのダメージを受けたのだ。そう簡単には元の体調には戻らないのだろう。

 心配になったクラリスが目を伏せると、アレクシスが気を取り直したようにニコリと笑った。


「そういうことだから、ね。今日はデートにでも行かないか? しばらくバタバタして、クラリスと一日ゆっくりすごせなくなりそうだからね」

「ふふっ、いいですね」


 結婚してから領地と王都を行ったり来たりしながら領地経営を学び、マチルダの臨時侍女を頼まれてからは夫婦そろって城勤めを再開。思い返せば、ゆっくりできたのは新婚旅行の一か月だけだった気がする。


「どこに行こうか? そう言えば、王都にジェラートのお店ができたのを知ってる?」

「ジェラート、ですか?」


 ジェラートは西にある国でよく食べられる冷たいデザートだ。ただ、夏場は氷が非常に高価で、その氷を大量に使って作るジェラートは、城のキッチンで夏場に一度か二度作るくらいの大変に貴重なデザートだった。大量の氷に塩を投入して温度を下げ、その中でミルクや果汁を凍らせながら作るのである。


(王都にそんなお店なんてあったかしら?)


 未来の記憶を探ってみても、それらしいものは思い出せない。


「氷を大量に使うのに、お店なんて開いて大丈夫なんでしょうか? その、毎日提供できるほど氷が集められるとも思えなくて……」


 採算が取れない気がする。

 アレクシスとともに父から領地経営を学んでいるクラリスがつい領主目線で考え込んでしまうと、アレクシスがくすくすと笑った。


「実は、ウィージェニー王女の発案ではじめた総合病院があるだろう? そこが実験もかねて出資していて、国からも補助金が出ているんだよ」

「どういうことですか?」

「ええっと、何だったかな? 覚えていないけど何かの薬品を使って、氷を作る機械を開発したらしくてね。まだ実験段階らしくて、どうせ実験するならついでに、という話になったと聞いたけどね」

「え?」

「ほら、薬品の中には冷やしておかないといけないものとかあるだろう? だけど氷が高くて、維持費にお金がかかりすぎる。薬価を下げたいのに、氷にお金がかかりすぎて下げられないのは馬鹿馬鹿しいって話から、じゃあ氷を人工的に作ることができればいいんじゃないかって議題に飛んで、あれよあれよと試作品が作られたんだよ。あれだね、研究者が大勢集まると、思いもよらないところに発想が飛ぶものだね」

「な、なるほど……」


 わかったような、わからないような。

 アレクシスによれば、その氷を作る機械を使って氷の生成が成功したあとで、国王にその氷を献上したらしい。その氷を舐めながら、どうせならジェラートが食べたいと国王がつぶやいたのがきっかけだったそうだ。


「機械の改良をするためには何度も氷を作って実験する必要があるけど、作ったはいいけど放置するだけだともったいないだろう? だから有効活用することにしたんだってさ。まあ、補助が出ていてもジェラートはそれなりに高いから、飛ぶように売れているわけではないけど、懐が温かい人はたまの贅沢で買っていくみたいだよ」


 だから行ってみようと言われて、クラリスは笑顔で頷いた。

 城で作られたジェラートを味見させてもらったことが一度だけあるけれど、本当に美味しかったのだ。特に暑い夏場に冷たいものが食べられるのは最高である。


「決まりだね。じゃあ、食事を終えたら出かけようか」


 おしゃべりに夢中になっていたので、食事の手が止まっていた。


(ふふ、アレクシス様とデート)


 久々のデートだ。明日からアレクシスが城に泊ることが増えるのは残念ではあるが、今日は久しぶりに一日中一緒にいられる。

 クラリスは頬が緩むのを感じながら、少しぬるくなったスープを口に運んだ。



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