すれ違う夫婦 2
エレンとニケに支度を手伝ってもらい、買ったばかりの夏用の半袖のドレスに身を包むと、クラリスはアレクシスとともに意気揚々と商店街に向かった。
馬車を使ってもよかったが、久しぶりに二人で出かけるので、散歩がてら歩こうかと誘われて、手をつないでのんびりと歩いている。
夏場なので手をつなぐと暑いのだが、それよりもアレクシスとくっついていられるほうが幸せだ。
「朝でも暑いね」
アレクシスがそう言いながら、襟元を少しくつろげる。
クラリスは日傘をさしているが、アレクシスにはもろに日差しが当たっていた。
「アレクシス様、反対側が影になっていますからあっちに行きましょう?」
まだ午前中なので、日陰に入ればだいぶ涼しい。
アレクシスとともに日陰になっている方へ移ると、途端に空気がひんやりした気がした。
「でも、これだけ暑いとジェラートが楽しみですね」
「そうだね。夏場に冷たいものを食べられる贅沢はいいよね。あ、でも子供ができたら体を冷やしたらダメらしいから、兆候があればすぐに言うんだよ」
「ちょ、兆候って……」
クラリスはボッと顔を染める。
夫婦なのでもちろんいつ子供ができてもおかしくないが、アレクシスにそんなことを言われるとちょっと恥ずかしい。
赤くなった顔を見られたくなくて日傘を傾けて顔を隠すと、アレクシスがくすくすと笑い出す。
「まあ俺は、もう少し二人きりの生活でもいいけどね。最低でもあと一年くらいはクラリスといちゃいちゃしてすごしたいよ」
「い、いちゃいちゃ……」
クラリスもアレクシスといちゃいちゃしてすごしたいが、言葉にされると照れてしまってどうしようもなくなる。
(アレクシス様、わたしが恥ずかしがるのをわかっていてわざと言っているんじゃないかしら?)
クラリスが赤くなるとアレクシスは楽しそうな顔をするのだ。……うん、わざとな気がする。
クラリスは日傘の影でむむむっと眉を寄せる。
アレクシスはとても優しいけれど、時折クラリスを揶揄って遊ぶからちょっと意地悪だ。
(夜もちょっと意地悪な時あるし……)
どこかで軽い意趣返しはできないものだろうか。
「城に泊ることが増えたら、クラリスといちゃいちゃできる時間が減って淋しくなるなぁ。だから今日はたくさんいちゃいちゃしたいな。ねえ、クラリス?」
(もうっ!)
クラリスがむぅっと頬を膨らませて軽く睨むと、アレクシスが揶揄いすぎたとばかりに肩をすくめた。
「ごめんごめん、もうこの話はやめるよ」
「……そうしてください。外でするようなお話しじゃないです」
「家の中ならいいの?」
「それもよくないですっ」
アレクシスはクラリスを恥ずかしがらせてどうしたいのか。
「機嫌を直して。ほら、ジェラート、全種類買ってあげるから」
「そんなに食べられないですよ」
ジェラートのお店に何種類が並んでいるのかはわからないが、さすがに全種類は無理だ。溶けるので持ち帰ることもできないし。
「でもせっかくだからいろんな種類を食べてみたいよね。それぞれ半分こずつして食べる?」
「それはいいですね」
そうすれば多くの種類を楽しめそうだ。
他愛ない話をしながら歩いていると、商店街の入り口に到着した。
ジェラート屋は入口からほど近いところにあるらしい。
「あそこみたいだね」
「思ったより人が並んでないですね」
「他のお菓子類と比べて値段が高いからね」
アレクシスと店の前へ向かうと、入り口の横の立て看板に値段が記載してある。カフェで頼むアイスティーの五倍の値段がついていた。アイスティー自体も氷を使うので高いのに、さらにその五倍となれば、ほしくてもなかなか手が出ない人も多いだろう。
(美味しそうだけどお値段は全然可愛くないわ……)
補助金が出ていてこの値段設定なら、通常に販売するとなるととんでもない金額になるだろう。まあ、氷を作る機械ができたと言っても大量生産はできないのだろうし、夏場の氷の希少性を思えば仕方がないのかもしれない。
もちろん、ブラントーム伯爵家はそこそこのお金持ちだし、クラリスもアレクシスも城で仕事をしているから、財布のひもを固くするような金額ではないが、贅沢だと思う気持ちは否めない。
「俺はコーヒーと、あとレモンにしようかな。クラリスは何にする? チョコレートは多分頼むよね? あとクラリスが好きそうなものは……イチゴかな? それともミルク?」
「あの、アレクシス様、さすがにそんなには……」
「一つの量が多くないから食べられるって。さすがに全種類だと十個もあるから厳しいけど、半分こするんだから五つ六つくらいはいけるだろう。ほかに食べたい味はある?」
「いえ、それだけで大丈夫ですよ!」
本音を言えば想像以上に値段が可愛くなかったので一つでよかったのだが、アレクシスは頼む気満々だ。水を差すこともないだろう。だが、デザートに金貨が飛んでいくのを見るとさすがにひやりとする。
席があいたので店の中に案内されると、アレクシスがさっそく五種類の味のジェラートを注文した。冷たいものを食べるから飲み物は温かい紅茶を頼む。
皿に入ったジェラートが机の上に並ぶと、アレクシスがレモンのジェラートをスプーンですくって、クラリスの口に近づけた。
「はい、あーん」
「えっ」
「ほら、早く」
「あ、あ……」
クラリスは頬を染めてさっと店内に視線を走らせた後で、急いで口を開ける。
(もうっ、恥ずかしい……)
ほかの人がいる前で「あーん」なんて。クラリスが頬を押さえると、アレクシスがにこにこしながら、「俺にも一口ちょうだい」などと言い出す。
(だから他に人がいるのに……!)
とはいえ、こうなればアレクシスは引かないだろう。最終的に彼が望むように食べさせることになるのだろうから、早く終わらせた方が賢い。
クラリスはミルクのジェラートをスプーンですくうと、アレクシスの口に近づける。
満足そうにジェラートを食べるアレクシスの笑顔を見ていると、怒りたいのに怒れなくなるから不思議だった。
「外が暑かったから、こういう冷たいものが食べられるのは幸せだね」
「そうですね」
外を歩いて火照った体に、冷たいジェラートが染み渡る。
アレクシスもあんまり何度も「あーん」で互いに食べさせ合うとクラリスが嫌がるのがわかっているのか、最初以外は普通に食べてくれている。
二人で五種類のジェラートをつつきながら、「また来ようね」なんて他愛ない話ができる一日が、クラリスにはたまらなく幸せだった。
だからこそ――
クラリスは、一度経験した未来で自分が命を落とした原因となる出来事がすぐそこまで迫っているとは、気づきもしなかったのだ。
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