すれ違う夫婦 3

 アレクシスとジェラート屋にデートに行った日から五日。

 その知らせは、何の前触れもなくクラリスの耳に届いた。


「え?」


 マチルダの侍女仲間と休憩を取っていたクラリスは、その一人に告げられたことがすぐには信じられなかった。

 目を丸くして訊ね返すと、侍女仲間は、控室に仲間以外誰もいないというのに、まるで第三者がきいているのを警戒するかのように声を落として繰り返した。


「だから、アレクシス様が王太子殿下付きからウィージェニー殿下付きの護衛騎士に移動になったそうですよ。クラリスさん、聞いていないんですか?」

「聞いてないわ……」


 思わず茫然としながら、クラリスは自分の心臓がぎゅっと見えない何かに締め付けられていくのを感じていた。


(ウィージェニー王女の、護衛騎士……。そんな、あり得ないわ……)


 アレクシスはグラシアンに請われて、クラリスがマチルダの侍女を勤める間復帰したのだ。マチルダに無事子供が生まれた今、あと一、二か月したら辞める予定なのである。


(ウィージェニー王女の護衛騎士になるなら、行かなくたっていいじゃない……)


 結婚を機に、アレクシスは騎士を辞めている。その彼が護衛騎士として雇われるのはおかしいし、グラシアンの願いだから期間限定で側近に復帰したのに、ウィージェニーの護衛騎士なら話が違う。

 ぎゅっと心臓が握りつぶされそうな苦しさに耐えていると、その話をした侍女の一人が気づかわしそうな顔になった。


「その、ごめんなさい。知っていると思って……」

「いいの。教えてくれてありがとう。でも、どうしてウィージェニー王女殿下の護衛騎士に……?」

「わたくしもあまり詳しくは知らないんですけど、友人のメイドに聞いた話によると、ウィージェニー殿下が望まれたそうですよ」

「……そう」


 ウィージェニーが望んだからと言って、グラシアンが許可を出さなければ移動が叶うとは思えない。だからきっと、何らかの事情があったはずだ。そう思うのに、苦しさは消えてくれない。


(殿下にも何かお考えがあるはずだけど……)


 もしかしたら、という嫌な予感がぬぐえない。

 一度目の未来で、アレクシスはグラシアンの側近に復帰はしていなかった。

 だが、グラシアンからたびたび城に呼び出されていたのは間違いない。

 もしかしたら、クラリスが知らないところで、アレクシスはウィージェニーの護衛騎士のようなことをしていたのではなかろうか。

 もし、ウィージェニーの護衛騎士になったのがグラシアンの命令で、そして何らかの意図が働いていたのならば、妻であるクラリスにも内緒にしていた可能性は高い。

 そうだとすると、アレクシスは今回もウィージェニーに心を移してしまうのだろうか。


(嫌だわ。そんなの、嫌……)


 経験した未来と少しずつ何かが違っていたから、今回は何事もなく、アレクシスと幸せな人生を送ることができるのではないかと期待していた自分がいた。

 でも、違ったのかもしれない。

 やっぱりクラリスは、今回も同じように、アレクシスに裏切られて命を落とすのだろうか。


(……嫌だわ)


 何があっても受け入れようと決めていた。覚悟を決めてアレクシスと結婚した。けれど、やっぱり好きな人が誰か別の人と……と考えると、身を切り裂かれそうなほどに苦しい。

 今すぐ彼の元に駆けつけて泣き叫んで罵りたいほどに、心がぐちゃぐちゃにかき乱される。


(落ち着いて、わたし。まだそうと決まったわけじゃないんだから……)


 少なくともアレクシスは、クラリスを好きでいてくれていると思う。クラリスを嫌いになったわけではないのだから、ここで自信をなくしてはいけない。


(大丈夫……)


 クラリスは何度も自分に言い聞かせる。

 そうして自分の心を騙さないと、立っていられなくなるような気がした。


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