葬送と残された疑問 4

「例の侍医だがな、死んだそうだ」


 隣の部屋に入るなり、グラシアンが言った。


「は? 死んだ⁉」


 アレクシスは目を見開いた。グラシアンに盛られた毒と、それからジョアンヌが自ら煽った毒は城の医務室から持ち出されたものだった。持ち出した侍医は捕らえられ尋問中で、昨日もアレクシスはその尋問に同席していた。


(あの時の侍医だったのは驚いたが……)


 捕らえられた侍医は、昨年、避暑地の別荘でアレクシスが怪我を負った際に治療をしようとした侍医だった。だが、それよりも驚いたのは、その侍医が信じられないくらいに取り乱していたことだ。何を訊いても「知らない」の一点張りで、まるで何かに怯えているように見えた。罪人が取り乱すことはよくあるが、それにしても異常だったと思う。

 その侍医が死んだと言われても、アレクシスはにわかに信じられなかった。取り乱してはいたが、昨日の時点でおかしなところはなかったはずだ。


「どういうことですか?」

「どうやら毒を隠し持っていたようだ。目を離した隙に飲んだのだろう。気がついた時には死んでいたと報告があった」

「身辺検査はされたはずでは?」

「私もそう思うが、飲んだ毒が私に盛られたものと同じだったというんだ。侍医頭に確認したところ、あれから在庫は減っていないし、以前より厳重に保管しているから、自分で隠し持っていたとしか思えないらしい」


 アレクシスは眉間に皺を寄せて黙り込む。


「それからな、ジェレットによるとこれはまだ確信までは持てていない情報なんだが、去年クラリスが暴走車に巻き込まれた事件があっただろう?」

「ええ」

「あの時の馬に使われた興奮剤の出所も、もしかしたら城の医務室かもしれない」

「なんですって?」


 アレクシスはさっと表情を強張らせた。


「ちょっと待ってください。だったら――」

「ああ。そうなれば、死んだ侍医が関与していた可能性が高い」

「つまり、第二妃が絡んでいた――と、見られる、、、、と言うわけですか?」

「そう言うことだ」

「…………」


 アレクシスは顎に手を当てて視線を落とす。


「……殿下の見解は?」

「第二妃はシロだと思う。私に毒を盛った件も、去年の暴走車の件も事件には関与していない。暴走車の一件についてはコットン伯爵家をかばったが、あれは単純に身内をかばっただけだろう」

「ということは――」

「第二妃は自殺ではなく、殺害されたんだろう」

「それは、罪をなすりつけるため、ですか?」

「それ以外にも理由があったのかもしれないが、その可能性も充分にある」

「ですが、第二妃は……。いくらなんでもそれはあり得ないんじゃないですか?」


 むしろ、そうであってほしいという願望の方が大きいだろうか。

 グラシアンが第二妃をシロと言ったということは、彼はアレクシスが想像している犯人と同一の人物を思い浮かべているはずだ。

 しかし、侍医はともかく、第二妃の件は違うのではないかとアレクシスは思っていた。


「人はそこまで、冷酷になれますか?」

「私はそう思う。事情は少し違うが、私はマチルダが害されたら、たとえ誰だろうと容赦はしない。アレクシスも私と同種の人間だと思っているが?」

「……そう、ですね」


 アレクシスも、クラリスが害されれば、犯人が誰であろうと容赦はできない。けれどそれはあくまで、自分の――自分よりも大切な人に危害が及んだ場合の話だ。


「あれにとっては、そこまで固執したいものなのだろう。だが、ここまでの行動を起こしたんだ、そろそろ一気に畳みかけて来るぞ。こちらも今まで以上に用心しなければな」

「用心だけではなく、こちらからも動くべきでしょうね。そろそろ正攻法のみで対応するのは難しくなってくると思います」

「私としては、あまりやりたくない手段なんだが……」


 グラシアンは肩をすくめて、そして困ったように笑った。


「うまくやれよ」

「はい」


 恐らくこれが、グラシアンの「側近」としての最後の仕事になるだろう。

 クラリスには内緒にしていたが、結婚を機に一度グラシアンの側近を辞めたと見せかけて、アレクシスは時間を見つけては彼のために動き回っていた。

 だが、今回の一件が終われば、それもなくなる。


(これが終われば、あとの人生はクラリスのことだけを考えて過ごせそうだ)


 アレクシスは、クラリスと一緒に年を重ねていく日々を想像して、小さく笑った。




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