葬送と残された疑問 3

 ジョアンヌの葬送の日の空は、薄い雲が広がっていた。

 黒いドレスにベールをかぶって、クラリスはアレクシスとともに葬送に参列している。


 少し離れたところでは、ウィージェニーが侍女に支えられるようにして立っていた。

 分厚いベールをかぶっているためウィージェニーの表情は見えないが、母親が死んだのだ、そのショックは計り知れない。


 大聖堂に、厳かに鎮魂歌が響き渡る。


 たとえ好ましく思っていなかった相手の葬儀であろうとも、心に直接語りかけるような鎮魂歌には感情が揺さぶられるものだ。

 ジョアンヌの眠る棺に、人々が白い花を入れていく。

 真っ白な百合の花に埋もれるようにして眠るジョアンヌは、ただ美しかった。


 厳かにはじまった葬儀は、参列した人々の心に感傷を落として終わる。

 葬儀後、棺の埋葬は国王とウィージェニー、そして王妃以外には、ジョアンヌの侍女たちのみが参加することを許された。

 表向き、グラシアンとマチルダは体調がすぐれないということで欠席だ。実際にグラシアンの体調はまだ回復していないが、何より、自身を殺そうとした相手の葬儀には出たくはないだろう。国王の配慮で、王太子夫妻は欠席が許された。


「行こう、クラリス」


 葬儀が終わり、アレクシスとともにクラリスは城へ戻る。

 アレクシスもクラリスも本日は休みを取っていたが、葬儀に城の使用人や兵士が大勢駆り出されていることもあり、フェリシテから葬儀後はマチルダとグラシアンについていてほしいと頼まれたのだ。

 城に戻ると、クラリスはアレクシスとともに王太子夫妻の部屋へ向かう。


 グラシアンの体調は万全ではないが、昨日、侍医頭から療養に使っていた部屋から移動していいと許可が出たのだ。そのため、マチルダもその子も王太子夫妻の部屋に移って、昨日から三人で過ごしている。


 ちなみに、グラシアンはようやく顔が見られた我が子にデレデレだ。

 かまいたくて仕方がないのだろう、不用意にちょっかいを出しては泣かせて、マチルダに怒られていた。

 王太子夫妻の部屋に入ると、グラシアンとマチルダは二人そろって窓の外を眺めていた。


「ああ、戻ったのか」


 肩越しに振り返り、グラシアンが困ったように笑う。彼としては、ジョアンヌの死を喜んでいいのかわからないと言っていた。グラシアンを毒殺しようとしたのが本当にジョアンヌならば、グラシアンとしては喜んでもいいはずなのだが、父の妃の一人であったため複雑なのだ。


「アレクシス、隣で少し話がしたい。クラリスは悪いがマチルダについていてやってくれ」

「はい」


 グラシアンと同じように浮かない表情をしているマチルダをそっとソファに誘う。


「ハーブティーをお入れしますね」


 侍医頭から産後に飲むといいと、数種類のハーブがブレンドされたハーブティーをもらっていたので、クラリスはメイドにお湯を頼んでそれを入れる準備をはじめた。


「ありがとう。……ねえ、クラリス。葬儀はどうだった?」


 クラリスが入れたハーブティーに口をつけつつ、マチルダが小さな声で訊ねてきた。


「滞りなく」

「そう。……複雑だけど、やっぱりちょっと、悲しい気持ちもあるのよ。変よね。わたくし、あまりあの方を存じ上げないし、正直、お義母様への態度を思うと、好きではなかったはずなのに」

「誰であろうと、やっぱり人の死は悲しいものですよ。わたくしも……」


 ジョアンヌのことは好きではなかったのに、大聖堂に響く鎮魂歌を聞いていると泣きそうになった。ウィージェニーをはじめ、ジョアンヌの死を悲しむ人もいる。そんな人たちに、自然と心はひっぱられるものだ。


「でも、殿下にしたことを思うと、あの方は天使様のところへは行けないのよね。それが少し……お可哀そうに思うわ」


 罪を犯した人間は天使が住まうとされる天上世界へ向かうことはできないと言われている。罪を償うまで、地下深くにある暗い場所で反省の日々を送るのだそうだ。


(でも、わたしは死んでもどちらにも行かなかったわ。どうしてか過去に戻ってしまった。不思議ね)


 いったい何が、クラリスを過去に戻したのだろう。

 考えるように目を伏せた、その時だった。


 ――クラリス‼


 突如、頭の中に直接誰かの声が響いた気がした。

 それは強い慟哭のようで、クラリスは咄嗟に頭を抑える。


「クラリス、どうしたの?」

「……何でもありません。ちょっと、頭痛がした気がしたものですから」


 声は一瞬で消えた。


(あの声……アレクシス様の声に似ていたような気がするわ)


 だけど、クラリスは一度もアレクシスの慟哭のような絶望に塗りつくされた声を聞いたことはない。


(なんだったのかしら……?)


 クラリスは小さく首をひねり、そして考えても仕方がないと忘れることにした。


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