葬送と残された疑問 2
一夜明けて、ジョアンヌの死は、病死と発表された。
さすがに死因が服毒自殺――それも、王太子グラシアンの殺害を企てた結果だと発表しては、王家の威信にかかわるからだ。
ジョアンヌの死の真相を知る者には、決して外部には漏らすなと緘口令が敷かれた。
王太子夫妻に第一子が生まれたという慶事と重なった訃報が残念でならなかった。
本来であれば、王太子夫妻の第一子の誕生を祝して、王都はお祭り騒ぎになっていたはずなのに、今日から一か月、国民は喪に服すことになる。
内外に病死と発表した手前、ジョアンヌの葬送は通常通り行うそうだ。
遺書があり、王太子の命を狙ったジョアンヌは本来であれば罪人扱いになるため、王家の墓地には埋葬されないはずなのだが、今回は例外で処理することにしたらしい。
妃の自殺と、その妃が息子の命を狙ったという事実に、国王は少なからず打ちのめされていると聞く。そんな国王の心の支えはフェリシテと生まれたばかりの孫で、昨日はフェリシテとともにベビーベッドのそばで一日の大半をすごしたようだ。
ウィージェニーは母の死にショックを受けて部屋から一歩も出ないと聞いた。
「今日も遅くなるから、先に寝ていていいからね」
アレクシスとともに登城して、侍女の控室の前で別れる際に彼がそう言って眉尻を下げる。
昨日からアレクシスは大忙しだ。
クラリスは時間通り帰宅したが、昨日アレクシスが帰って来たのは深夜を回ってからだった。寝ずに待っていたクラリスに申し訳なさそうな顔を向けて「君が倒れたら大変だから休んでほしい」と言っていたが、彼が隣にいることに慣れてしまったクラリスは、一人ではなかなか寝付けそうにないのだ。特に今は不安が大きいためアレクシスがいないと安心できない。
「無理はしないでくださいね」
「うん、大丈夫だよ」
目の下に隈を作った顔で、アレクシスはにこりと微笑む。
そしてキスの代わりにクラリスの頬をひと撫ですると、慌ただしく去って行った。
ジョアンヌの葬儀は三日後だ。
マチルダの臨時侍女であるクラリスは葬儀の準備の仕事はないけれど、使用人たちはみんな忙しそうに駆け回っている。
控室で身支度を整えてクラリスがマチルダの部屋へ向かうと、マチルダはベッドに上体を起こしてぼんやりしていた。出産の疲れが完全に取れないところに授乳もあり、毒を飲んだ夫への心配もあり、さらにジョアンヌの死を聞かされたのだ。肉体的にも精神的にもつらいものがあるはずである。
「マチルダ様、本日ですが……」
出産後のマチルダに申し訳ないが、今日は乳母を決めてもらわなければならない。
実は乳母はマチルダの希望もあり、一月遅れで出産予定のブリュエットに頼むことになっていたのだが、マチルダの出産が一か月早かったため、ブリュエット以外に頼むことになったのだ。
ブリュエットの場合、産後一か月ほど休養してからになるので、どうしても今から三か月後からの勤めになる。さすがに三か月も乳母がいないのは問題だ。
「昨日のうちに王妃殿下が人選なさいましたので、出来ればその中からお選びいただいてもよろしいでしょうか?」
王族の乳母は誰でもなれるわけではない。派閥、性格、思想、知性……いくつもある項目に合格が出なければ、乳母にはなれないのだ。
「わかったわ。お義母様の人選なら安心だもの。あとでリストを見せてちょうだい」
「かしこまりました」
クラリスが頷いたところで、隣の部屋からうにゃーっと子猫のような声が聞こえてきた。マチルダの産んだ赤子が泣きはじめたのだろう。マチルダが疲れるからと、ベビーベッドは隣に置かれているのだ。そして、フェリシテと国王が貼りついている。
「ご飯かしら、それともおむつかしら……?」
「見てまいりますね」
我が子の声に不安そうな顔を見せるマチルダを安心させるようににこりと微笑んで、クラリスは隣の部屋へ向かった。
すると、レオニー夫人がてきぱきとおむつを替える準備をしている。
フェリシテと国王がベッドを覗き込んで、赤ちゃん言葉であやしているのが見えた。
(……うん、任せた方がよさそう)
フェリシテについて子守をしなければならないレオニー夫人は大変だろうが、国王夫妻は孫をかまいたくて仕方がないようなので、マチルダの体調が落ち着くまでは任せておいていいだろう。ジョアンヌのことで落ち込んでいる国王の気分転換にもなるはずだ。
クラリスはマチルダにおむつらしいと報告して、フェリシテたちが対応してくれていることを伝えた。
「そう。じゃあお任せしようかしら」
「ええ。休めるときに休んでください」
「そうね」
マチルダがホッとしたように息を吐いてベッドに横になった。
クラリスはベッドの天蓋の薄布をおろして、日差しが邪魔にならないようにカーテンを半分だけ引く。
マチルダが昨日より張り詰めた表情をしていないのは、グラシアンに毒を盛った犯人が特定されて、その犯人であるジョアンヌが自殺したからかもしれない。
舅の第二妃ではあるが、ジョアンヌとマチルダには直接的な関りはほとんどない。だからこれで夫が狙われなくなると考えると安心の方が大きいのだろう。
(でも、第二妃様はどうしてグラシアン殿下の命を狙ったのかしら……?)
今日もいい天気になりそうだと、窓の外を確かめつつクラリスは考える。
ジョアンヌは国王の寵愛を欲していた。それは知っているが、その矛先がグラシアンへと向いたのがやはり腑に落ちない。
(なんだか胸の奥がざわざわするわ)
これを皮切りに、何かが起こりそうな、そんな妙な胸騒ぎを、クラリスは感じていた。
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