葬送と残された疑問 1
「ちょ、ちょっと待ってください! 第二妃がお亡くなりになったって――」
「声が大きい!」
グラシアンに叱責されて、アレクシスがハッと口を閉ざす。
クラリスは言われたことがすぐに理解できずに茫然としていた。
(第二妃様が死んだ……? 嘘でしょ?)
クラリスが知っている未来では第二妃は健勝だった。記憶にないことが起こるのは今更だが、さすがに未来で生きているはずの人が死んだと聞けば愕然としてしまう。
「……大声で言えない何かがあるんですか?」
第二妃が本当に死んだのなら、緘口令が敷かれるのはおかしいような気もする。少なくとも、城の人間は奔走しているのだし、城の外に漏らすのは禁止にされても、城の中で情報が制限されるのは妙だ。
(つまり、ただの死じゃないってこと?)
ショックから何も言えず、ただ固唾を飲んでグラシアンの言葉を待っていると、彼がぐしゃりと前髪をかき上げる。
「俺もまだ詳しいことは聞いていない。ただ、自殺だと聞いた」
「じ――」
思わず大きな声を上げかけて、クラリスは慌てて手のひらで口を押える。
アレクシスも大きく目を見開いて固まっていた。
確かに、妃が自殺したとなれば情報が制限されてもおかしくない。でも、クラリスは怪訝に思った。あのジョアンヌが、自殺なんてするだろうか、と。
(あの方が自殺するなんて思えないわ。難しい方だけど、自ら命を絶つような心の弱い方ではないはずだもの)
むしろ、かねてから邪魔に思っていたフェリシテを殺そうとして返り討ちに遭ったと言われた方がしっくりくる。そのくらい苛烈な人なのだ。
(陛下のお心はフェリシテ様に向いているけれど、それを悲観して……とも思えないわ。むしろ奪い取ろうと強引な手段に出るような方よ)
何かの間違いではあるまいか。
アレクシスも同様の考えなのか「情報は確かですか?」と小声で確認している。
「確かなんだろう。ジェレット、どこまで調べられた?」
「第二妃様の死因が毒によるもの、毒物が付着した薬包と、それを飲む際に使ったと思われるコップが残っていたこと、そして遺書があったことまでは確認ができています」
「遺書があったんですか?」
遺書まで残っていたのならば自殺と断定されるのも頷けるが、クラリスはやっぱりまだしっくりこなかった。
「遺書の中身は?」
「見せてはいただいていませんが、殿下を毒殺しようと計画したことが書かれていたそうです」
「なんだって?」
「昨日に殿下が毒を飲まれた件だと推測されます。それが失敗し、露見を恐れて命を絶つことにしたというような内容が書かれていたようですが」
言いながら、ジェレットが腑に落ちない顔で腕を組んだ。
(殿下を毒殺しようとしたのがジョアンヌ様だったの?)
クラリスも、ピンとこない。
ジョアンヌはフェリシテを目の敵にしていた。フェリシテの子であるグラシアンにもいい感情は抱いていなかったようだが、彼女の憎しみの対象はフェリシテだ。フェリシテを通り越してグラシアンを害そうとしたのが納得できない。
「もう少し調べろ。それだけでは納得できない」
「そうしたいのは山々なのですが、遺書はすでに陛下のお手元にあるそうでして――」
「父上か。……母上経由で手に入らないだろうか。写しでもいいんだが」
「やってみます」
「それから、……っ」
話を続けようとしたグラシアンが急にせき込みはじめて、アレクシスが慌てて彼の背中をさすった。
「殿下、まだご体調は万全でないのですから。ほら、横になってください」
「ああ……」
元気そうに見えたが、毒の影響は抜けきっていないのだろう。胸を抑えながらグラシアンがベッドに横になる。
何度か深呼吸をくり返した後、先ほどより小さな声で続けた。
「毒物が何だったのかを調べてくれ。入手経路もだ」
「それでしたら、入手経路はわかっています」
「なに? どこだ⁉」
グラシアンが再び起き上がろうとしたのをアレクシスが押さえて、ジェレットに視線を投げた。
クラリスもジェレットを見れば、彼は息を吐きながら言う。
「城です。侍医の一人が捕らえられています」
「侍医だと?」
「ええ。昨日の殿下の毒もどうやら城の医務室から持ち出されたようです。昨日、侍医頭が殿下の毒物の分析をしていたでしょう? どうやら一般には入手が難しい部類の毒物だったようで、疑問を持たれて念のため医務室の薬品を調べたところ、持ち出された痕跡があったとのことでした」
昨日の毒は、調合すれば薬として使える物質でもあったらしい。だが、強い毒性も持っているので管理は厳重に行われ、在庫も細かくチェックされていたそうだ。
「アレクシス、裏から手を回しておく。その侍医の尋問に立ちあえ」
「わかりました」
「ジェレット、何としても遺書、もしくは写しを手に入れろ」
「はい」
「それからクラリス」
「は、はい!」
まさか自分の名前が呼ばれるとは思わず、クラリスがびくっと震えると、アレクシスが小さく笑った。
「今聞いたことは内緒だぞ? わかったな?」
「は、はい。わかりました」
よかった。何か指示が飛ぶわけではなかったようだ。正直、自分が役に立てるとは思えなかったので助かった。黙っているくらいならお手のものだ。王族の侍女は口が堅くなければ務まらない。
「……それにしても、第二妃が死んだか。これは吉と考えるべきか、はたまた――、まだわからないな」
「そうですね。ただ、殿下。今は体調を治すことに専念してください。考えるのはそれからです」
「悠長に構えてもいられない気もするが、まあ、そうだな。早く体調を治してマチルダと我が子に会いたいしな」
グラシアンはおどけるように笑ったが、その表情はどこか強張っていた。
(いったい何が変わろうとしているの……?)
これまでのような小さな違いではない。
ジョアンヌという一人の人間が死んだことで、この先の未来はクラリスの知る未来からどれほどかわっていくのだろう。
グラシアンではないが、これが吉と出るのか凶と出るのか、クラリスにはまだわからなかった。
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