切り刻まれた花 1

 城の前庭で、花をめでる会の設営がはじまった。

 花を温室から運び出すのは花をめでる会の前日の作業だが、その前に、花を飾る台やテーブル、テントなどのセッティングをする。そのほかにも花をめでる会にあわせて前庭の花壇を整えたり、灌木を刈り込んだり、芝生を整えたりするため、作業者が大勢出入りすることになるのだ。


 台を組み立てる金槌の音が響きはじめると、花をめでる会の開催が近くなったと実感する。

 前庭での設営がはじまると、妃たちも展示する花の最終調整に入る。

 クラリスもフェリシテとともに温室へ向かい、花を剪定したり、鉢についた土汚れを落としたりといった作業を手伝うので、普段よりもちょっぴり忙しくなるのだ。


 より華やかに見えるように、鉢をリボンで飾ったり、花の角度を調整するために支柱を立てたりしていると、フェリシテがレオニー夫人に鉢を運び出す指示を出していた。


「もう花を運び出すんですか?」


 クラリスが手伝おうとすると、レオニー夫人が微笑んで首を振った。


「庭にではなくて、王妃様のお部屋に少し持って行くんですよ。このあたりの花は大丈夫ですけど、虹色の薔薇を含めた数種類の薔薇と蘭は、外気に慣らすと言う意味もあって王妃様の部屋で開催日まで管理するんです。ほら、今年は例年より少し気温が低いでしょう?」


 急激な温度変化に弱い花は、一度温室から出して、王妃の部屋で温度変化に慣らすらしい。去年はそのようなことはしなかったので、今年の外気温を見ての判断なのだろう。虹色の薔薇は特に気を遣うようなので、万全の状態で展示するためだろうと思う。

 レオニー夫人が指した鉢植えは七つあった。重たいので城までは台車を使い、階段は二人がかりで抱えて上ることになる。


「ブリュエットとクラリスはここで王妃様のお手伝いをしていてくださる? 二人は去年も準備に参加していたから慣れているでしょうし」


 レオニー夫人がブリュエットとクラリス以外の侍女仲間に指示を出し、鉢を運びだした。

 枯れた花を丁寧に取り除いていたフェリシテが、「運び出した花以外には何を飾ろうかしら」と楽しそうに目を細める。

 フェリシテはたくさんの花を育てているので、とてもではないが全部展示することはできないのだ。


「飾る予定の七つの花は濃い色合いのものばかりでしたから、残りは淡い色合いのものを選ばれてもいいかもしれませんね」


 ブリュエットが真っ白な大輪の百合の花粉を丁寧に取り除きながら言う。百合の花粉は目立つし、服が汚れるので、品種改良する以外の百合の花からはすべて花粉を取り除くのだ。


「そうねえ。だったらその百合と、あと淡いピンクの百合。それから黄緑色の紫陽花も、他の花を邪魔しなくていいかもしれないわね」


 フェリシテが指示を出した花の鉢植えをブリュエットとともに避けていく。避けた鉢植えの鉢をクラリスが磨いて、ブリュエットがリボンを巻き、それが終わると展示に使う花は一カ所に固められた。

 クラリス達がせっせと作業していると「やってるな」という楽しそうな声とともに侍従を伴って国王が温室に顔を出した。


「へ、陛下!」


 クラリスとブリュエットが慌てて手を止めて腰を折ると、「構わず続けてくれ」と手を振って、国王がフェリシテの側による。


「今年は百合と紫陽花か?」

「薔薇と蘭もありますわ」

「そうか。そなたの展示は毎年華やかだからな、楽しみだ」


 国王夫妻が仲睦まじく話しているのを聞きながら、クラリスは作業を再開した。


(本当、お二人は仲がいいわね)


 フェリシテが、展示に使わない百合の花をいくつか切って国王に渡している。侍従が王の代わりに受け取ろうとしたが、「私が持とう」と言って王自身が受け取った。

 侍従が弱り顔で「このあと第二妃様の温室へ向かうのでは……?」と控えめに進言するが、王は気にしたそぶりもない。ジョアンヌは、王がフェリシテの育てた花を持っていると、自分より先にフェリシテの温室へ行ったのだと機嫌が悪くなるだろうが、いいのだろうか。


(まあ、さすがに陛下相手に当たり散らしたりはしないでしょうけど……)


 ジョアンヌは自分よりフェリシテが優先されるのが気に入らないのだが、さすがに王に対して自分を優先しろとは言えないはずだ。だが、代わりに侍従が八つ当たりされるのだろう。侍従の顔色は悪い。

 長居しようとする王を侍従が急かすと、残念そうな顔で王が温室から出て行った。ジョアンヌの温室へ行かなければならないのに加えて、このあとの予定も詰まっているらしい。


「さてと、次の予定まで時間があるから、予備の鉢植えも選んでしまいましょうか」


 避けた鉢植え以外に、フェリシテが指示した鉢を別の場所に固めていく。花をめでる会は二週間後なので、それまでに選んだ鉢の花が枯れはじめることがある。そういうときに予備の鉢植えから出すのだ。

 予備の鉢植えもリボンで飾り、レオニー夫人たちが鉢を運び出す作業も終わると、クラリス達は温室に施錠をして城に戻る。


(今のところ、記憶にある通りに進んでいるわね)


 記憶通りと言うことは、花をめでる会のあとでジョアンヌが引き起こす迷惑な騒動も起こるのだろう。


(なんとか防ぎたいところだけど、陛下は王妃様の花を選ぶでしょうから、止めるのは無理かしらね)


 未来は予定通りに進んでいく――

 まさか三日後、未来の記憶にはない事件が起こるとは、この時のクラリスはこれっぽっちも考えていなかった。



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