エピローグ
時間は少しかかったが、ウィージェニーは最終的に自分の罪を認めて自白した。
ウィージェニーの自白は、概ねグラシアンが調べた通りだったけれど、その中で一番衝撃だったのは母であるジョアンヌ殺害についてだった。
ジョアンヌについて問われた、ウィージェニーは疲れたような顔で、「邪魔になったのよ」と吐き捨てた。
ウィージェニーが本気で王の座を望むようになったのは、十歳ごろからだったという。
まだ十歳だったウィージェニーには、自分で何かをするだけの力はなくジョアンヌに相談したそうだ。
そんなウィージェニーに、ジョアンヌは、ウィージェニーが玉座を手に入れるためには、王妃であるフェリシテを蹴落とさなければならないと言ったらしい。
もともと王の寵愛を独り占めしたくて仕方のなかったジョアンヌは、第二妃として嫁いできたときからフェリシテを目の敵にしていた。
ジョアンヌは玉座がほしければ自分に協力しろとウィージェニーに言ったそうだ。
幼いウィージェニーは、自分の望むとおりの未来を手に入れるには母親の協力は不可欠だと考え、ジョアンヌの望むとおりに動いて来たと言う。
けれど、それに違和感を覚えはじめたのは、十三か、十四のときだったらしい。
『お母様は愚かなのよ。目先のことしか見えていないの。花をめでる会のときもそう。王妃様に嫌がらせをして満足しているのかもしれないけど、調べればすぐに足がつくようなやり方ばかり。そんなお母様のしりぬぐいをするのはもうたくさんだったわ』
ジョアンヌが感情に任せて好き勝手をして、ウィージェニーが陰から手を回してうまく誤魔化す。いつの間にかその図式が成り立っていた。
ジョアンヌは自身に対しての協力は求めるのに、ウィージェニーに対してはまったくと言っていいほど手を貸さない。
それどころか、ジョアンヌが馬鹿なことばかりを続けていたら、ウィージェニーの立場まで危うくなるだろう。
考えた末、グラシアン毒殺未遂をジョアンヌになすりつけて殺害することに決めたらしい。
グラシアンが毒で死んでいたらなおよかったが、上手く行かなかった。だが、ジョアンヌに罪を擦り付け、自殺に見せかけて殺害すれば、グラシアン側も油断するだろう。そういう計画だったそうだ。
実際、グラシアンがウィージェニーの動きに勘づいていなければ、彼女の計画はうまく機能しただろう。
誤算は、グラシアンがウィージェニーが思っていた以上に上手だったということだ。
うまくウィージェニーに騙されたふりをしながら、慎重に機を窺って来たグラシアンに、ウィージェニーの方が騙されていたのである。
ウィージェニーの尋問に同席したアレクシスは、ジョアンヌのことを語る彼女があまりに淡々としすぎていて恐怖を感じたと言っていた。
ジョアンヌが娘の希望よりも自身の欲を優先したように、ウィージェニーもまた、母親よりも自身の望みを優先した。ある意味、よく似た母娘だったのだろう。
ウィージェニーは、冬の半ばに、王都から遠く離れた北の地に幽閉が決まった。
第二妃を殺し、王太子の命も狙ったのだ。処刑されてもおかしくなかったが、王族の罪を暴いて処刑するとなると、国が大きく荒れる。
だから、表向きは療養のために北に向かったということにしたそうだ。
そして――、春を迎え、新芽が芽吹きはじめた今日、ウィージェニーの死が伝えられた。
自殺、だったらしい。
(不思議な気分ね)
少し強い春の風が、庭の散りかけのアーモンドの花びらを巻き上げて通り過ぎる。
未来で死んだ日が昨日――
クラリスは、一度目の未来で迎えることのできなかった朝を迎えて、妙な感傷のまま庭に降りた。
アレクシスはまだ気持ちよさそうに寝ていたので、部屋に残してきている。
アーモンドの花びらを散らした春の風が、クラリスの焦げ茶色の髪を乱して行く。
見上げた朝の空は、透き通るような輝きに満ちていた。
今日を迎えるまで、正直、まだ少し不安だったのだ。
ウィージェニーが捕らえられて、もうクラリスの命を摘み取ろうとする人はいなくなったのだとわかっていても、一度目の未来で死んだ日の翌日を迎えられるのかどうか、確証が持てなかった。
だけど今日を迎えて、ようやく、安心して一日一日が送れる気がする。
一通り歩いたあとで、ベンチに腰を下ろし、ぼんやりと春の庭を眺めていると、玄関の方からクラリスを呼ぶ声が聞こえてきた。
首を巡らせると、どこか焦ったような顔でアレクシスがこちらに向かって駆けてくる。
「クラリス! 起きたら隣にいなかったから、心配したよ」
一度目の未来と少し違うことと言えば、アレクシスが輪をかけて心配性ということだろうか。
クラリスの姿が見えなくなると、こうしてすぐに探しはじめる。
(アレクシス様は一度目の未来でも優しかったけど、束縛体質だって言うのは知らなかったわね)
知らなかったアレクシスの一面は、間違いなくクラリスが原因だろう。
不用意に別れを選択しようとしたからこそ、アレクシスの知られざる顔を呼び起こしてしまったのだろうから、多少の束縛は甘んじて受け入れなければなるまい。
「少し風にあたりたくなっただけですよ」
「そう言うけど、まだ朝の風は冷たいから、気をつけないとダメだよ?」
体調を崩したら大変だと言いながら、アレクシスが隣に座ってクラリスの肩を抱き寄せる。
「心配しなくても、まだ子供はできていないですからね?」
ちらちらと腹のあたりを確認するアレクシスに、クラリスはあきれ顔だ。
春前にマチルダが二人目を身ごもったのがわかってから、アレクシスはこの調子である。
クラリスもいつ妊娠するかわからないと思っているのだろう。まだまったく兆候はないのに、体を冷やしたらよくないだとか、グラシアンから妙な知識を仕入れてくるのだ。
子供はいつでもいいよなどと言いつつも、最近はよく気にしたそぶりを見せるので、おそらくそろそろ頃合いなのだろう。
未来で死んだ日を超えた今、クラリスもこれからの未来計画を落ち着いて考えてもいい時期に来ているのかもしれない。
(グラシアン様から子供自慢されて、羨ましそうにしているみたいだし)
こういうのは気の持ちようともいうので、今まで子供ができなかったのは、クラリスの心の底にある不安のせいかもしれなかった。だが、もう大丈夫だ。
アレクシスがいつまでも風が冷たいと心配しているので、クラリスはゆっくりと立ち上がった。どちらにせよ、そろそろ朝食の時間だ。
「ねえアレクシス様。わたし、今日、不思議な夢を見たんですよ」
「夢?」
アレクシスと手をつないで玄関に向かいながら、クラリスは笑う。
「おばあちゃんになって、同じようにおじいちゃんになったアレクシス様と、こうして手をつないでのんびりお散歩する夢です」
「それは……すごくいいね」
アレクシスが、目を丸くしてから嬉しそうに破顔する。
空から降り注ぐきらきらと眩しい朝日が、今日という日を祝福してくれているような、そんな気がした。
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