エピローグ

 その日は、綺麗な秋晴れだった。


 マチルダのブライズメイドの一人でもあるクラリスは、他のブライズメイドたちと同じエメラルド色のドレスを身に着けて、大聖堂の祭壇の横に並んでいる。

 祭壇を挟んで反対側にはグラシアンのグルームズマンであるアレクシスが、他のグルームズマンたちと整列していた。


 参列席の最前列にはフェリシテと国王が並んでいる。

 第二妃であるジョアンヌは参加しないが、異母妹であるウィージェニーは通路を挟んでフェリシテと国王の反対側の席に座っていた。

 フェリシテはすでに目を潤ませていて、ハンカチを握りしめている。


 怪我をしたこともあり、クラリスは予定より少し早くフェリシテの侍女を辞したのだが、マチルダに望まれてブライズメイドの役割だけはまっとうすることになった。

 馬車の事故で負った怪我も、目立つような傷跡も残らず癒えてくれた。怪我のあとのあるブライズメイドなどマチルダが恥をかくだけだろうと心配したが、綺麗に直ってくれてホッと胸をなでおろしたものである。


 花嫁より先に入場し、マチルダの到着を待っているグラシアンが、どこかそわそわした表情をしているのが見えた。

 参列席に背を向けているので、参列席側からはグラシアンの表情はわからないが、こちらからでは丸わかりで、アレクシスが必死に苦笑するのを我慢している。


 やがて、マチルダがゆっくりとバージンロードを歩いてくる。

 ふわりと扇状に広がるベールに、純白のドレス。振り向いたグラシアンが、言葉もなく目を見開いた。


(ふふっ)


 結婚式前にマチルダのドレス姿を確かめたくて仕方がなかったようだが、全員で阻止したのだ。ドレスの背中のあきぐあいばかり気にしているグラシアンが、結婚式直前でドレスにケチをつけたら大変だと思ったからである。

 そのおかげでマチルダのウエディングドレス姿をはじめて見ることになったグラシアンは、美しい花嫁に目を奪われてしまったようだ。

 マチルダがグラシアンの隣に立ち、彼に目配せをすると、グラシアンの頬が少し赤くなる。


(殿下たちは本当に仲良しよね)


 クラリスとアレクシスの結婚式は半年後だが、今のグラシアンのように嬉しそうな顔をしてくれるだろうか。


(うん、きっとしてくれるわよね。だって、前のときもそうだったもの)


 グラシアンの表情を通して、未来の記憶の中の自分の結婚式を思い出す。

 クラリスが隣に立つと、アレクシスは本当に嬉しそうに目を細めて微笑んでくれた。


(結婚式と言えば、ニケの件は意外だったわよね)


 未来で結婚後にクラリスの侍女になったニケは、今回侍女の採用を早めたことで、ブラントーム伯爵家に雇われることはないだろうと思っていた。

 それなのに、募集をかけたところ、応募者にニケの名前があって驚いたものだ。


 聞けば勤めていた伯爵家をクビになったらしかった。記憶ではニケは自ら辞めたはずだったのに、ここでもどうやら未来が変わってしまったようだ。

 ニケは記憶の中でもよく働いてくれていたし、エレンともうまくやれていたので、クラリスとしてはニケに来てもらった方がありがたい。少々不思議ではあったが、クラリスはそのままニケを採用することに決めた。


 エレンはまだ怪我のため療養中だが、エレンの指示に従って、ニケはてきぱきと動いてくれている。

未来と異なることと同じこと――、二つのことが入り混じるクラリスのやり直しの人生は、どこへ着地するのだろうか。

 同じ終わりを迎えるのならばあと一年と半年後。違うのならどうなるのかは全く予測できない。


 目の前でグラシアンとマチルダが結婚の宣誓書にサインをして、互いに微笑み合っている。

 誓いのキスに、参列席から割れんばかりの拍手が巻き起こった。


 みんなと同じように手を叩きながら、クラリスはちらりとウィージェニーに視線を向ける。

 微笑を浮かべて手を叩くウィージェニーは、どこからどう見ても異母兄の結婚を祝福しているようにしか見えない。


(ウィージェニー王女は、すでにアレクシス様に心を傾けているのかしら? ……わからないわ)


 けれど、警戒しておくに越したことはないだろう。

 同じように未来で死んだとしても構わないとアレクシスとの結婚を決断したが、クラリスだって黙って同じ未来を迎えるほど潔くはない。

 ウィージェニーを警戒しつつ、違う未来がつかみ取れるのならばつかみ取りたいのだ。


 ――未来でクラリスが死を迎えた日まであと一年と半年。


 その先の未来へ進むことができるかどうかは、まだわからない。





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