事故と陰謀 3

 次の日の昼、クラリスはルヴェリエ侯爵家へ向かう前に、手土産のお菓子を買うために商店街へ足を延ばした。


(お義母様はカヌレがお好きなのよね)


 表面はカリッと、中はしっとりと口触りのいいカヌレはクラリスも大好きで、新作は常にチェックしている。確か、クラリスがよく行く店に秋の新作が並んでいるはずだった。


(プレーンと、お義母様のお好きな紅茶風味のものと、あとは秋の新作で決まりよね。新作はリンゴ味だったはず)


 馬車を店から少し離れた場所の人の邪魔にならないところに停めて、クラリスはエレンとともに赤いレンガのお菓子屋の入り口をくぐる。

 そして、カヌレを注文しようとしたクラリスは、限定のフレーバーを見て首をひねった。


(あれ、リンゴじゃない。イチジク? あれ?)


 勘違いでなければ、今年のシナモンのきいたリンゴ味だったはずだ。


(ここでも、違いがあるの?)


 記憶とちょっとずつ何かが違う日常。まさかここにも違いがあるなんてと驚きつつ、イチジク味を注文する。

 手土産用にプレーンと紅茶、イチジクをそれぞれ五個ずつ、そしてせっかくなので自宅用にも同じだけ包んでもらってクラリスは店を出る。


(ま、いっか。食べたことのない味が楽しめると思えば)


 この店のカヌレでイチジク味は食べたことがない。得をしたと考えよう。

 エレンが荷物を持ってくれたので、クラリスは日傘をさして停めてある馬車までの短い距離を歩く。


「自宅用にもたくさん買ったから、帰ったらカヌレを食べつつお茶しましょ」


 エレンとそんな話をしながら歩いていた時、背後から「暴走車だ‼」という叫び声が聞こえた。


「え?」


 振り返ったクラリスは、道の真ん中を一台の馬車がすごい勢いで走ってくるのを見つけて息を呑む。


「お嬢様‼」


 エレンが叫んだが、クラリスは咄嗟に動けなかった。


「きゃああああああ‼」


 馬車が人を何人も跳ねながらこちらへ向かって突っ込んできて――


 クラリスの日傘が、宙を舞った。

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