決着 6

(ウィージェニー王女が、犯人……)


 その名前を聞いた時、クラリスは正直、不思議な気持ちだった。

 ちょっぴり驚いたけれど、考えて見たらいろいろつながる部分もあって、まだ詳細はわからないのに、なんだかすとんとすべてのことに理解が及んだような変な気分になったのだ。


 思えば、わからないことだらけだった。

 一度経験した未来でも、今でも。

 特に一度経験した未来で、アレクシスがウィージェニーに心を許したのがわからなかった。


 いつ、どこで、どうして。


 その明確な答えは、やり直した今の人生でもまだ見つけられていなかったのだ。

 ある程度予測を立ててみても、やっぱり腑に落ちなくて、一度目の未来でも優しかった夫は、いつウィージェニーに心を移したのだろうかと、不思議で不思議でたまらなかった。

 わからないからこそ防ぎようもなくて、だから不安でどうしようもなくて――でも、その答えに、ようやくたどり着けそうな気がしたのだ。


「母上は薄々気づいていたでしょう? ウィージェニーは、ずっと私の地位をほしがっていた」


 グラシアンに視線を向けられて、フェリシテがそっと息を吐きだした。


「……そうね」


 小さく、短い肯定。けれど、それを吐いたフェリシテの表情は複雑だ。


「昔からウィージェニー王女が、なにかとあなたと張り合おうとしていたことには気がついていたわ。きっとあなたより優れたところを見せつけて、自分が次の王として認められたいのねと、そんな風に思ったこともあったわね。でも、別にそれはおかしなことではないでしょう?」


 王子や王女が、王位をめぐって水面下で争うことは、確かに珍しくない。特にロベリウス国は、王女にも王位継承権が与えられる。ただし、どうしても王子や、王妃が産んだ子が優遇されるため、ウィージェニーとグラシアンの生まれる順番が違ったとしても、グラシアンが王太子に立っただろう。生まれたときから、ウィージェニーは不利な立場だった。性別でも、母親の立場でも。


 ただ、競い合うこと自体は何も間違いではなく、そうして王の子が互いに切磋琢磨することについては、フェリシテも特に気に留めていなかったようだ。蹴落とそうとする他人から自分の地位を守ることも王太子の器である。それができなければ王になれるはずもない。だからこそ、何も手を出さず、ただ見守る姿勢を取ったのだろう。


 フェリシテは王妃だ。母親である前に、王妃として、公正でなければならない。

 心配することももちろんあっただろう。口を挟みたくなることも。けれどフェリシテは公正でありつづけた。それこそが、第二妃ジョアンヌとの格の違いだとクラリスは思っている。


「子供のころはよかったんですよ。ただ張り合ってくるだけでしたから。ただね、年を重ねるごとに、危険な方の思想に意識が傾いて行ったんでしょうね。表に出していないところでも、何度か命を狙われそうになったことがあります。もっとも、そのあたりはうまく回避できていましたがね」

「……いくつかは、知っているわ」

「そうでしょうね。母上は母上で、私を守るために裏から手を回してくれていたことを知っています」


 グラシアンはそっと息を吐き出し、愛おしそうにマチルダの頭を撫でる。


「どこかで諦めるかとも思っていましたがウィージェニーは諦めなかった。このまま何もせずにいれば、マチルダに危害が及ぶのは明白でした。だからこそ、私も黙っていることをやめたんです。ただ、ウィージェニーはあれで頭がよくてね。なかなか尻尾を出さなかった。手こずりもしましたが、ようやく今日、片がつきました」

「殿下、あとは俺が。すぐに解毒薬で中和しましたが、あまり無理はなさらない方がいいでしょう」

「グラシアン、そうだったわ。毒を飲んだって言ったでしょう。そちらを先にお話しなさい」


 元気そうに見えるから忘れそうになるが、グラシアンが毒を飲んだのは本当らしい。

 さっと顔を強張らせたフェリシテがアレクシスに視線を向ける。

 アレクシスはちょっぴり困った顔をした。


「その、殿下が毒を飲まれたのは、わざとですから……、あらかじめ解毒薬を用意していましたし、命に別状はないんですよ」

「どういうこと⁉」


 わざと、と聞いてフェリシテが声を荒げた。

 マチルダもグラシアンを見上げて、ぱくぱくと口を開閉させた。怒りたいけれど何を言っていいのかわからないと言うような顔をしている。

 グラシアンは肩をすくめた。


「誘い出したんですよ。そろそろ動くだろうなと言うのはわかっていたので、マチルダと母上を城から追い出してお膳立てをして……、情報が筒抜けだろうと踏んだ上で、アレクシスにニケに情報を流させて。怪しまれないように襲われやすい状況を作るのは骨が折れましたが、ここまですれば確実に動くだろうというのは予測がついていたので、侍医頭に言って解毒薬を準備してもらっていました。使われる毒については、あらかじめこれだろうという候補があったのと、万が一に備えて侍医頭にも準備をしてもらっていたので、最悪のことにはならなかったはずですよ」

「はずでは困ります! 何を考えているの‼ 侍医頭も一緒になっていたというわけ⁉」

「怒られましたが、説得したんです。思えば、侍医頭の説得が一番大変でしたね」

「大変でしたね、ではないわ! あなたって子は……‼」


 フェリシテが怒り心頭で立ち上がった。

 このままだと説教がはじまるのがわかったのだろう、グラシアンが慌てて言った。


「マチルダと我が子を守るためにはこれが最善だったんです。わかってください。母上。それに、ほら、説明の途中ですよ」


 フェリシテが悔しそうに唇を噛んで「話は帰ってします」と言って座りなおした。


(それにしても、無茶をしすぎでしょう……)


 マチルダを見ると、こちらも相当怒っている。

 クラリスは驚きすぎて放心しそうだ。王太子が自分の身をおとりに使うなど聞いたことがない。

 アレクシスも、王妃と王太子妃に叱責される未来が見えるのか、「一応、俺は止めたんですが」と言い訳じみたことをぼやいていたが、同罪だ。


「ええっと、では順を追って説明しますね」


 これ以上の言い訳は怒られるだけだと判断したグラシアンが口を閉じると、アレクシスが先ほどよりも意気消沈した様子で話しはじめた。



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