決着 5

「いったいこれは、どういうことなのかしら?」


 緊張が解けて、茫然としてしまったクラリスとマチルダの目の前で、フェリシテが怖い顔で立ち上がり、部屋に入って来た二人の男を睨みつけた。

 部屋に飛び込んできた男二人――アレクシスとグラシアンは、バツが悪そうな顔をして視線を逸らす。


「グラシアン、あなたは毒で倒れたと聞いたけれど、見た限りピンピンしているようね?」

「い、いえ、母上、毒を飲んだのは本当なんですけど――」

「じゃあどうしてそんなに元気そうなのかしら? 見なさい。マチルダはあなたが毒を飲んだと聞いて真っ青になっていたのよ。それどころか、あなたを殺害しようとした嫌疑までかけられて……。ことと次第によっては、今度ばかりはわたくしも黙っていないわよ」


 グラシアンはハッと顔をあげて、そして急いでマチルダに駆け寄る。


「マチルダ! すまなかった、怖い思いをさせたな」

「いえ……ご無事なら、それでいいのです」


 力なく笑うマチルダの顔色はまだ悪い。

 クラリスはマチルダをグラシアンに任せて、力の入らない足で何とか立ち上がると、アレクシスに向きなおった。


「それで、全部教えてくれるんですよね?」


 声が少し怖くなってしまったのは許してほしい。何かが起こると聞いてはいたけれど、こんなに肝が冷えるとは思わなかったのだ。可哀そうにマチルダはまだ小さく震えているのである。今余計なことを言えば話が進まないので我慢するが、これはあとで文句を言ってもいい案件だろう。


「うん。ちゃんと話すよ。でも、その前に」


 アレクシスが顔をあげるとの、遠くで悲鳴が聞こえてきたのはほぼ同時だった。


「ニケ⁉」


 あの声はニケの声だ。

 クラリスは部屋の外を確認しようとしたが、そっと抱き寄せられて妨害されてしまう。


「アレクシス様⁉ ニケの悲鳴が聞こえたんですけど」

「いいんだ」

「何がですか⁉」


 いいはずがないだろう。侍女の悲鳴が聞こえたのだ。何かが起こったのは間違いない。

 しかしアレクシスは首を横に振って、部屋の外にいた騎士を振り返る。


「拘束して城へ連れて行ってくれ。あとのことは俺だけでいい」

「了解しました」


 先ほどまでウィージェニーの指示でマチルダを見張っていたはずの騎士たちが、アレクシスの指示を聞きあっさりと去っていく。

 何が何だかわからないクラリスを、アレクシスがそっとソファに座らせてくれた。

 マチルダのほかの侍女と乳母を部屋から出すようにとグラシアンが指示を出し、彼女たちが不安そうな顔をしつつ部屋を出ていく。乳母に連れられてエメリックも出ていくと、部屋の中には五人だけになった。


 フェリシテは険しい顔のままで、グラシアンは顔色の悪いマチルダにおろおろしている。

 いろいろ訊きたいことがたくさんあるが、まずはどうしてニケの悲鳴が聞こえたのかを教えてほしかった。


「あの、アレクシス様……ニケは……」

「ニケの身柄は拘束させてもらった。前回クラリスが襲われたとき……邸に侵入した男を手引きしたのがニケだ」

「え⁉」

「覚えているかな。クラリスが暴走車に巻き込まれた時のことを。あのときの馬車は、コットン伯爵家のものだった。そして、ニケがここに来る前に勤めていたのも、コットン伯爵家だ」

「どういう……」

「ここからは、順を追って話そう。いいですよね、殿下」

「ああ」


 マチルダの肩を抱いて、グラシアンが頷く。

 マチルダの顔色も少しずつよくなって、それに伴い、半分怒ったような顔になりはじめた。どうやらこの騒ぎはグラシアンたちの悪だくみの結果だと理解したようだ。心配した分、マチルダの怒りは大きなものになるだろう。今は押さえているようだが、あとでグラシアンは相当怒られるはずだ。


 事前に何かが起こると聞かされていたクラリスですら怖かったのだ。ある程度の予測は立てていても、何も聞かされておらず、それどころかグラシアンを殺害しようとした犯人扱いされたマチルダはそれ以上に怖かったはずである。

 グラシアンが申し訳なさそうな顔をしながら、静かに口を開いた。


「まず最初に言っておくが、今回の――いや、遡れば、去年の別荘でマチルダの部屋に侵入者があっただろう? あのあたりからいろいろ起こった事件の首謀者は、ウィージェニーだ」



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