すれ違う夫婦 5

「クラリス、まだ仕事を辞められないのか?」


 朝食の席で仕事を辞めるように言われてから一週間ほどたった朝、アレクシスが焦れたようにそんなことを言った。

 今日もアレクシスだけ仕事で、クラリスは休みだ。

 というか、アレクシスはこの一週間一度も休みがなく、それはもうしばらく続くという。


(休みが合わないからって言ったくせに、休みがないなら一緒じゃない)


 もちろん、思っていても口には出さないが、クラリスも不満には感じているのだ。アレクシスは二日に一度は城に泊りこんで、帰って来ても疲れた顔をしている。夫婦の時間がまったくと言って取れていないのだ。

 パンを小さくちぎって口に入れつつクラリスは微笑んだ。


「マチルダ様がまだ不安だそうで、もうしばらく侍女を続けることになりそうです」

「だが……」

「マチルダ様のご意向ですから」


 マチルダの名前を出せば文句は言えまい。クラリスとマチルダが共闘していることなど知らないアレクシスはむっと口をへの字に曲げて押し黙る。


「クラリスが頼みこめば辞めさせてくれるんじゃないのか?」

「先週、マチルダ様のお考えを尊重するとお伝えしたじゃないですか」

「そうだが……」

「それとも、今すぐにわたしを辞めさせたい理由があるんですか?」

「……前も言ったが、夫婦の時間が減ったじゃないか」

「アレクシス様のお休み自体がないんですから一緒だと思うんですけど」


 重ねて言えば、アレクシスがさらにムッとする。


(いじめすぎたかしら?)


 アレクシスがクラリスに侍女を辞めさせたがっているのはわかっている。だけど、あえてそれに気づかないふりをして、クラリスはパンを咀嚼して続けた。


「マチルダ様が大丈夫とおっしゃれば、もちろん辞めますよ」

「本当だな?」

「ええ、もちろん」


 不貞腐れた子供のような顔のアレクシスはちょっぴり可愛いが、クラリスに何かを秘密にしているのは明白なのでそこはちっとも可愛くない。


(まあ、教えてくれたとしても不安は消えないでしょうけどね)


 アレクシスがウィージェニーの側にいる限り、クラリスはいつ彼が王女に心を許すかと気が気ではないのだ。


(今のところ、夜に王女殿下の部屋に向かったって話は聞かないけど、安心できないもの)


 クラリスにはクラリスの情報網がある。侍女仲間がメイドから集めた情報によると、アレクシスが夜にウィージェニーの部屋やその近くに向かったことはないらしい。


(そもそもウィージェニー王女殿下の護衛騎士なら二日に一回も泊まり込む必要はないと思うんだけどね)


 ウィージェニーの部屋の近くの情報は入ってくるが、アレクシスが泊っている部屋周辺の情報は入って来にくい。なぜなら、情報源であるメイドが夜にうろうろしないあたりだからだ。自分の持ち場以外をふらふらしていたら咎められるので、わざわざそんな危険は冒さないのである。

 逆に、ウィージェニーは夜中だろうと容赦なく侍女やメイドを呼びつけるので、ウィージェニーの部屋の周りにいても怪しまれない。実際、宿直の侍女以外に、城のメイドが夜は交代でウィージェニーの部屋の側に張り付いているのだ。ウィージェニーがメイドを呼びつけたときにすぐに向かわなければ叱責されるかららしい。


「わかった、殿下から王太子妃殿下に頼んでもらおう」


 アレクシスがそんなことを言っているが、グラシアンが頼んだところで無駄だと思う。

 しかし、もちろんそれも口には出さない。


「ええ、お願いしますね」


 クラリスは何も知らないふりで微笑んで、そう締めくくった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る