決着 2
ブラントーム伯爵家に侵入した男によってクラリスが怪我をした日から、一週間。
マチルダ付きからフェリシテ付きの侍女に移動したクラリスだったが、腕の怪我が癒えるまでは自宅療養の指示が下っていた。
アレクシスは変わらず忙しいようだが、クラリスが怪我をしたことを気にしているのか、この一週間、城に泊ることはなく、夕方には必ず家に帰ってくるようになった。
そんなアレクシスから話があると言われたのは、クラリスが暇つぶしにレース編みをしていた夕方のことだった。
「え? 明日マチルダ様とエメリック様がこちらにいらっしゃるんですか?」
「ああ。それから王妃殿下もだ」
「ええ⁉」
アレクシスから、明日、フェリシテとマチルダ、そして生後一か月半のエメリックがこちらへやってくると聞いて、クラリスは目を丸くする。
「どうして、また急に……」
「以前からこちらへ遊びに来たいと言われていたんだ。あいにくと俺は仕事だが、クラリスはまだあと一週間は休むだろう? だからお相手を頼む」
「それはもちろん、かまいませんけど……」
急なことなので準備が大変なのではないかと、エレンとニケに視線を向ける。
エレンは困惑顔で、慌ただしく執事とフェリシテたちに出すお茶やお菓子の準備をすると言って部屋を出て行った。
ニケの方は、少しばかり困った顔をしているものの、落ち着いているように見える。まあ、ニケはエレンの指示で動いているので、当日もエレンに任せておけば大丈夫と思っているのかもしれない。
(でも、変ね。フェリシテ様もマチルダ様も、突然に予定を決める方ではないはずなのに……)
フェリシテもマチルダも、王妃や王太子妃の自分の立場をわきまえている。急にどこかへ出かければ周囲が迷惑することを理解しているので、来るにしても最低でも数日前には確認を入れるはずだ。
腑に落ちないものを感じながらも、アレクシスが来ると言うのだから来るのだろう。
「殿下も一緒ですか?」
「いや、グラシアン殿下は仕事があるので一緒には来ないそうだ。明日は一日執務室で急ぎの書類仕事だとおっしゃっていた。仕事がたくさん溜まっているそうだ」
「そうですか」
こちらもまた妙だった。
グラシアンは王太子なので膨大な仕事を抱えてはいるが、要領がいいので、仕事をため込むことはない。
それにグラシアンの性格を考えるに、本当に仕事が山積みだとしても、大好きな妻と子が外出するのについて行かないはずがないのである。
納得いかない何かを感じるが、クラリスの回答は一つしかない。王妃や王太子妃とその子が来ると言っているのだ。是としか回答しようがないのである。
「わかりました。では準備しておきますね」
「ああ。頼む。昼過ぎにいらっしゃるはずだ」
アレクシスは頷いて、ニケに視線を向けた。
「マチルダ王女が侍女もつれてくるはずだと伝えて来てくれ。エメリック殿下がお小さいため、侍女は全員連れてくるはずだ」
「かしこまりました」
ニケが微笑んで部屋を出ていくと、その扉が閉まるのを確認したアレクシスが、声のトーンを落とした。
「クラリス、明日、おそらくだが何かが起こると思う。でも、絶対に大丈夫だから、俺を信じて待っていてほしい」
「それは、どういう――」
「そして、今言ったことは誰にも言ってはいけないよ。エレンやニケにもだ。いいね?」
「はい、それはもちろん……」
城で働いている以上、人に漏らしてはいけない秘密はいくつも存在する。言ってはいけないと言われたら口をつぐむくらい訳ないが、クラリスは理解が及ばずに首を傾げた。
そんなクラリスの手を握りしめて、アレクシスが真剣な顔で言う。
「明日が終われば、君にも全部教えてあげるから、だから、あと少しだけ待っていてほしい」
前々から、アレクシスは何かこそこそしているとは思っていた。
(それが、明日で終わるの?)
本当は、何をこそこそしていたのか、今すぐにでも教えてほしかったけれど、クラリスはその気持ちをぐっと我慢して微笑む。
「わかりました」
――クラリスが知らないところで、運命の一日がはじまろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます