決着 1
窓の外から、欠けた銀色の月が見える。
薄い雲がかかっているが、月あかりを消し去るほど分厚い雲ではない。
(ふふ、もう少し……。あと少し……)
ピンクベージュ色の髪をいじりながら、ウィージェニーはうっそりと笑う。
(計画に邪魔なのは、あと二人)
この二人さえ消し去れば、あとはどうとでもなるはずだ。
(お母様を消すタイミングは間違えてしまったけど、誰も気づいていないみたいだし)
前々から母ジョアンヌは馬鹿すぎてウィージェニーの計画には邪魔だった。だが、あんな母でも母親なので、ぎりぎりまで我慢していたのだ。だがこれ以上は邪魔にしかならないと思ったので、ついでに消し去ることにした。
(本当はお兄様にもあの時に死んでほしかったんだけど、しぶといわね。まあでも、多少の誤算はあったけど、今のところ計画通りだわ)
くるくると毛先を指に巻きつけながら、ウィージェニーは振り返った。
「ねえ、アレクシスはまだなの?」
問えば、部屋の隅に控えていた侍女が委縮したように肩を揺らす。
「お呼びいたしましたから、じきにいらっしゃると思います」
「じきにではなくて、どうして連れて来ないの」
「申し訳――」
「はあ、もういいわ。下がってちょうだい」
ウィージェニーが軽く手を振れば、侍女は一礼して逃げるように部屋から出ていく。
(この侍女はあまり使えないわね。近いうちに入れ替えましょう)
ウィージェニーにとって、使用人はものでしかない。使えなければ替えればいい。替えなんていくらでもあるのだから。
(でも、アレクシスは別……)
ウィージェニーはゆっくりと棚に近づくと、中から小さな小瓶を取り出す。
蓋を開けると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
一瞬くらりと襲った眩暈に恍惚として、数滴を首元につけたあとで蓋を閉じる。この香りはあまり吸いすぎると頭がぼーっとしてくるのだ。
(アレクシスは素晴らしいわ。わたくしが女王になった暁には、彼ほど隣に立つにふさわしい男はいないもの)
容姿、性格、能力――何もかも、ウィージェニーの理想の通りだった。
アレクシスは何としても手に入れる。
相手が他人のものだろうとなんだろうと、ウィージェニーには関係ない。ほしいものはすべて手に入れる。どんな手段を使ってでも、だ。
(それにしても、遅いわね)
アレクシスはいったい何をしているのだろうか。
待たされるのが嫌いなウィージェニーが苛立ちはじめたそのとき、コンコンと部屋の扉を叩く音がした。
(来たわ)
侍女を部屋から追い出したため、誰も扉を開ける人がいない。
ウィージェニーは自ら扉まで歩いて行き、薄く開いた。そして外にいるアレクシスに呼びかけようとしたウィージェニーだったが、そこにいた人物に目を丸くする。
そこにいたのは、アレクシスではなく侍医頭だった。
「薬を持って来たぞ」
不機嫌なのを隠そうともせずにぶっきらぼうに侍医頭が言う。
この侍医頭が、ウィージェニーは嫌いだ。
王女であるウィージェニーにも不遜な態度を取り、乱暴な言葉を使う。王や王妃相手にもそうで、二人ともそれを許してしまっているから、ウィージェニーが叱責することもできない。まったく忌々しい相手なのだ。
(それに、この男が気づかなければ、あの侍医はもう少し使えたのに)
侍医頭が医務室の薬の在庫確認なんてしたから、子飼いにしていた侍医を始末する羽目になったのである。あの男は何かと使い勝手がよかったのでもうしばらくそばに置くつもりだったのに。
「まあ、何のことかしら?」
実際、侍医頭を呼んだ覚えがないウィージェニーは、そう言って首を傾げた。
すると手に持った薬を押し付けながら侍医頭が面倒そうに返す。
「眠れんのだろうが! ほら、眠り薬だ。これ飲んでさっさと寝ろ! それから、年頃の娘が夜に男を呼ぶとは何事だボケが!」
ウィージェニーはイラっとしたが、感情を押し殺して微笑む。
(つまり、アレクシスが来ないのは侍医頭のせいなのね)
アレクシスは気を利かせて睡眠薬を取りに行ってくれたのだろう。そこで侍医頭に事情を話しでもしたのか、おせっかいな侍医頭が自ら薬を持って来たのだ。
腹立たしいことこの上ないが、ここでアレクシスを呼べと言えば、この侍医頭のことだ、説教を垂れはじめるに決まっている。
仕方なく、ウィージェニーは薬を受け取って礼を言った。
「ありがとうございます。これで眠れるわ」
「ああ、じゃあな。さっさと寝ろよ」
侍医頭がひらひらと手を振りながら去っていく。
(あの男も邪魔ね)
だが、腕がいいのは間違いない。
(邪魔だけど、あの男の始末は後回しだわ)
ウィージェニーは小さく舌打ちすると、部屋の扉を閉め、薬を床に放り投げた。
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