第36話 終焉

「……どうだ。気は済んだか」


 塵となった蛇の鱗が、桜吹雪のように舞う体育館。

 俺は、うつ伏せに倒れる御子柴ミカを見下ろして、そう言った。


 彼女の頭から伸びていた8頭の蛇はもう居ない。

 俺が、俺の煩悩が、その全てを喰らい尽くした。


 それはつまり、この体育館で暴れ狂う蛇型の崩魂、もとい御子柴ミカを完全に無力化したことを意味する。


 そんな俺の言葉に御子柴は目立った反応は見せず、虚ろな目をしたまま呟く。


「……もう全部、終わらせてよ……苦しいよ……」

 

 


 彼女はそう言った。


 何を? とは問えなかった。

 彼女の目に、言葉に、語るまでもなく満ちる苦悩を感じたから。


 俺に、何かできるのだろうか。

 疼く右手の悪魔を理性で押さえつけながら、俺は腰を落とす。


「――せ、先輩ッ、大丈夫っすか?」


 後方で椎名の応急処置をしていた蓮がこのタイミングで駆けてきた。

 巻き込む可能性を考慮してかなり後方で待機させていたのだが。


 ――それは、悪手だったとも言える。


「――ァァアァァァァァ!!!!!!!!!」


 恐らく、御子柴の意思とは関係なく "彼女の中に宿る崩魂の意思” によって、空中に浮遊する蛇が突如姿を現す。

 蛇、というよりは大蛇と言うべきか。巨大な竜のように体をうねらせる大蛇。 

 ソイツはそのまま、ただ真っ直ぐに、俺の後輩へと最後の猛進を見せる。


 ――その牙で、ために

 ――を滾らせて


「……荒魂装填・羅刹天穿」


 俺は右手を蛇の頭目掛けて伸ばす。そしてその腕の先端から、導かれる光線を想像する。思い描く。


 そうして拙い想像は、現実に昇華する。

 次の瞬間、天を衝く一閃が蛇の頭蓋を貫いた。


「――――――――――ァァァァァァ!!!!!」


 甲高い鳴き声と共に、体育館には再度の静寂が訪れる。


「……早く、して。もう、苦しいのは、哀しいのは、惨めなのは……嫌なの……」


 蛇の消失と共に、御子柴の消え入りそうな声が聞こえた。

 彼女の心身にも何か影響があるのだろうか、一瞬そう思って、愚かな思考にため息をつく。


 

 自らの煩悩が生んだ崩魂は、どこまでいっても自分のもので、自分自身だ。

 痛覚や感情は共有できないのだとしても、それでも通ずる何かはあって当然だ。


 なればこそ、彼女の言う「」という言葉が意味することは――


「……お願い、殺して。もう……何も考えたくない。……全部壊れちゃったから、もう、私に存在価値なんて……無いから……」


 絞り出すように、苦し気に語る御子柴の言葉を、俺はただ聞いていた。


「……」

「……久利先輩……?」


 微動だにしない俺を不審に思ったのか、蓮が問う。

 ただ一つの原始的な欲求を抑えるのですら一苦労な俺に、冷静な思考などできるだろうか。

 ――蛇の魂を取り込んでからというもの、ただと本能が訴えかけてくる。一瞬でも気を抜けば、俺の右手は御子柴を容赦なく喰らうだろう。その煩悩ごと。


 霞む理性を手繰り寄せて、今更ながら事態を把握することにした。


「……蓮、御子柴がこうなった原因、お前はなんか知ってるのか?」

「……へ?」

「蓮は元々ここに居たんだろ。なら、御子柴から崩魂が現出した理由も知ってるんじゃねえかって」

「……そ、それは……」

「……?」


 妙に歯切れが悪い。何かやましいことでもあるのか、という風に思ってしまうほどに、彼女はもじもじしているばかりだ。

 「えーとスね」とか「そのッすね」とかばかりで空気を繋いでいる。


「なんだ、何か事情があるなら隠さず言って――」

「――そこからは私が説明する」


 少し苛立つ俺の言葉が出切る前に、別の人間の声が割り込んできた。

 声の主は、蓮の立つ場所から更に後方——体育館の入り口付近に立っていた。

 少しつらそうな顔色で、こちらを見ている


「ミ、ミナミ、まだ安静にしてなきゃダメっスよ!」

「大丈夫。おかげさまでこの通り……完全には力を奪われてなかったみたいだし」


 彼女の右手の上で、青い炎が一瞬立ち昇る。

 椎名南。蛇に力を奪われたと絶望していた彼女は、今は少し生気の戻った顔でこちらへと歩いてくる。


「言ったでしょ、これが私たちの

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