消えた煩悩の行方
1月19日(金)
第45話 探し物
俺の悩みの種であり、力の根源でもあったクソ煩悩の声が聞こえなくなって、一週間が経過した。
この一年間、眠っていようが誰かと会話していようがお構いなしに話しかけてきた煩悩が、俺の呼びかけに一週間も応じない。はっきり言って異常事態だ。
「――ったく。あの野郎、マジでどこで油売ってんだ……よっと」
言いながら、背丈ほどの高さがある瓦礫を慎重に乗り越える。地面はところどころひび割れ、ガラスの破片がそこら中に散らばっていた。
「なあ東條、ホントにこっちであってるよな? さっきからずーっと同じところ歩いてる気がするんだが……」
前を歩く東條はこちらを振り向いて、丸眼鏡を押し上げた。
「俺の完璧な案内に文句をつけるな。黙ってついて来れば良い」
東條政信。魂の解放者であり椎名や蓮たちが所属する「第参隊」の「隊長」。ハッキリとした物言いで、スタスタと歩を進める。
七三に分けられた髪からは大人の風格を感じるが、同級生だ。
「……なあ、アイツっていっつもあんな感じなの?」
俺は東條の言葉を受けて、後ろの金髪ヤンキーにコッソリ声をかけた。
「……アンタに教える義理はないね。俺は東條隊長の指示で付いてきてるただの"付き添い役"だし」
「わ、悪い……」
金髪ヤンキーくん――確か、諸星北斗とかいったか――に素っ気ない言葉を返されてしまった。俺の心はこの廃墟など比じゃないくらいに崩壊寸前である。
フレンドリーに声をかけた(つもり)時に冷たい言葉を返されたときのダメージヤバくない? 涙ちょちょ切れちゃうぜ。
と、がっくり肩を落として歩く俺に気を遣ったのか、諸星は少し早歩きで俺の横に並んだ。
そうして前方を行く東條を見ながら呟く。
「……まあ……俺の知る限り隊長が間違えたことは無いよ……それだけ」
それだけ言って、彼はまた俺の後ろに下がった。
……どいつもこいつも一回つんけんしないとダメな呪いでもかかってるの? ツンデレしないと死ぬの? 年中引きこもりの俺のメンタルが持たないよ!? こう見えて打たれ弱いんだからね!?
「時に久利功善よ」
俺の情緒がやや不安定になったところで、東條が前を見たまま俺に声をかけてきた。
「ん? なんだ?」
「……貴様、先日うちの椎名南と不純異性交遊を働いたそうじゃないか。どういう了見だ?」
「おーい、語弊しかないぞー、何眼鏡クイッってしてんだカチ割るぞボケー(棒)」
「命のやり取りをした相手と関係を持つなど、俺には到底理解できんな」
「いや話聞けって。椎名……さんとは別にそういう関係な訳でもねえし、この前はフツーにパフェ奢らされただけだっつうの」
「パフェ……? パルフェットのことか?」
「……え、なに、なんて? ぱ、ぱるふぇっと?」
……絶妙に会話がかみ合わない。
椎名南と先週末に会ったのは事実だが、それは単にそういう約束だったからだ。別に特別な関係にあるわけじゃない。勿論幾らかトラブルはあったが……
大体、俺が女子を遊びに誘う勇気があるように見えるか? あったら引き籠ったりしないよねえ!?
「東條隊長、それで合ってます」
俺が謎の英単語に戸惑っているところに、金髪ヤンキーくんが通訳サポートに入った。日本人同士の会話に通訳が居る不自然さたるや。
「いいか久利功善。別に貴様が椎名と恋に落ちようが駆け落ちしようが怪しげなホテルで堕落しようが俺の知ったところではないが――」
いや落ちすぎだろ、もはやわざとやってるだろそれ。
「――我々第参隊の任務遂行に支障をきたすようなら問答無用で断罪する」
「へいへい、別に案じてるようなことにはならねえよ」
「ふん、どうだかな。大体貴様がそんな風にうつつを抜かしているから、こうして
訳の分からぬ "探し物" なぞせねばならなくなるのだ」
「……そういや俺詳細聞いてなかったんですけど、何しに来てるんですか? こんな廃墟に」
金髪ヤンキーくんが東條に問う。どうやら彼はそもそも目的を存じてないらしい。
俺と東條は顔を見合わせた。
「……なんだ貴様、諸星に伝えてなかったのか」
「え、伝えるも何も会うのすら二回目だし……」
「ほぅ、椎名とは身も心も繋がれるくせに男には用心するんだな」
「意味深な言い方をするな! オッサンかお前!」
「誰がオッサンだ!」
醜い言い争いに飽きたのか、諸星が一つ咳払いをした。
「ふん、まあいい。諸星。今日の俺たちの任務はただの案内と付き添いだ。この男が旧深花美術館の跡地で探し物をしたいらしい」
「わりーな諸星くん。俺あんまり土地勘ないのと調子悪くて力が使えねーんだわ」
今の俺は荒魂装纏も出来ないし、崩魂と会えばひとたまりもなく殺される。
そこで蓮と怪力おねえさんに「魂の安定化を図るために怪しそうなところを探検したいんどす~(大嘘)」と協力を仰ぎ、魂の解放者の二人に付き添ってもらうというオプション付きで了承してもらった。
そういう経緯で、ぼんやりと感じるあの煩悩の残滓を追ってここまで来たという訳である。
勿論「探し物」というのはある種の方便だ。俺があのクソ煩悩によって力を得ていること、そして俺とあのクソ煩悩の意識が別個に存在していることは誰にも明かしていない。明かしたところで、信じてもらえる気もしなかったからな。
「それにしても珍しいですね、東條隊長がこんなショボい任務を請け負うなんて。しかも部外者の」
「……特務隊長きっての依頼だからな。俺はあの人には逆らえん」
「……なるほど、道理で。まあ美術館の跡地に出てくる崩魂なんてたかが知れてるでしょうし、別に俺は良いですけど……」
突然神妙な面持ちになる二人。
特務隊長=西河原遥=怪力おねえさんとなるわけで、その気持ちはわからんでもないのだが、キミらも俺と同じ過ちを?
「やっぱあの人ってそういう……」
「なんだ、貴様もあの人に――」
瞬間、視界が小刻みかつ強烈に揺れる。
地響きではない、空気だけが揺れる感覚。
「――――あ」
気付けば金髪ヤンキーこと諸星が前方——東條の立つ廃墟の窓際に目を向けていた。その視線は東條よりも上方、廃墟の壁と天井の境目に向けられているように見える。
そう、まるで巨大な何者かを見上げるように――
「――っ、こっちだ!」
東條の舌打ちと共に俺の体は彼に引っ張られ後方へと大きく退く形になる
「―――――――――――ッ!!!!!!!」
そうして東條に引っ張られ無様に尻餅を着く俺は、ようやく事態を飲み込む。
かつて栄えた美術館の廃墟、その大広間全体を覆うような巨大な影。
俺が何度も見てきたはずの異常の集合体。
巨大な崩魂の濃い影だけが、俺の視界に映っていた。
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