第50話 解

 謎の部屋から連れ出されて数分走った先、開けたところにたどり着いた。


「――っマジで何してくれてんのアンタ! か弱い女子高生に有無を言わさず、き、きききキスとか……バカなの!? いやバカでしょ!」


「……ええもう、返す言葉もなく……」


 激昂する御子柴にただ頭を下げる俺。

 謝りながらも、ここはどこなのだろうと思考を巡らせた。

 ひび割れた壁や瓦礫の山……東條たちとぐるぐる散策していた「美術館跡地」に戻ってきた、という感じはする。

 

「ほんっとあり得ない……あんな形で私の……マジで許せない……」


「………」


 一生恨んでくれて構わないという気概ではあったのだが、こいつの場合一生キレているかもしれない……怖いな。


 とはいえ、まだ俺の目的は果たせていない。

 ここから生きて脱出せねば。

 意を決して、俺は話を切り出す。


「御子柴、どうしてお前がこんなとこに居たのか、聞いても良いか」


「……なによ、セクハラしといて気安く質問しないでくれる? 私今アンタのことめっちゃ警戒してるから。半径一メートル以内に近づいたら警察に突き出す覚悟よ」


 半径一メートル以内って割と近くね……? 


「いや、その、さっきは悪かった……お前の中に眠るその、なんだ、潜在能力みたいなのを引き出すために仕方なく……」


 何と説明した物か。

 御子柴の体内からは今もクソ煩悩の気配がありありと感じられる。

 居るのだ。彼女の体内に。


 とはいえいきなり「キミの中に俺の煩悩が宿ってるんだ」などと言っても混乱を招くだけだと思った。なんならセクハラみたいだろ。

 しかし、彼女はそんな俺の気遣いをバッサリと切り捨てる。


「……それは分かってるわよ。お陰で力の解放が間に合ったわけだし……でもやっぱ頭では理解してても心が拒絶してるわ……」


 後半の言葉にはもう罪悪感しか感じませんごめんなさい。


「……力の解放ってやっぱりさっきの蹴りは意図的なのか」


「? 当たり前じゃない」


 先ほど御子柴が見せた破壊力抜群の蹴りを思い出す。

 あれはまさしく「羅刹」の肉体を強化する力の為せる業。


 ……幾らかは御子柴自身の身体能力の高さが起因してそうではあったが。

 

 ジーっと彼女の足を見る。


「え、なに? なんか足に付いてる??」


「ん、いや随分鍛えられた足だなと思ってな」


「キモ。蹴り飛ばすよ」


「……下心は無いんだが」


「――蹴り飛ばすよ?」


「…………」


 あんなので蹴られたらたまったものではないので、俺は彼女の健康的な太ももから目を逸らした。体育の時も思ったがこいつの大腿筋の発達は目を見張るものがある。

 

「でも、一体どういうことだよ。そんな意味不明な力、いつから――」


 よくよく考えれば、御子柴とはあの事件——御子柴が崩魂に飲まれてしまった件——以来話をするのも初だった。

 あの事件のことを覚えているのか、それすらも定かではない。


「いつからって、あの日の夜からよ」


「あの日……」


 分かっていながらも、スッとぼける。あの日の夜は俺は俺で思い出したくない要素もあったからな。

 そんな俺を見て、御子柴は呆れるようにため息をついた。


「覚えてないとは言わせないわよ。私の体内から蛇が現れて、アンタにぶちのめされた日のこと」


「……覚えてはいるが……」


 歯切れの悪い俺の回答を待たずに、御子柴は言葉を続けた。


「あの日の夜ね。アンタの姿をしたが私の部屋に来たの。取引を持ちかけられたわ」


「……は?」


 御子柴は俺の知らないあの日の夜の話を始めた。


「――私の魂が完全に消滅してしまうのを防ぐために、は私の中に居る。ここに来たのはその取引の条件よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る