第49話 タイムリミット
死へのカウントダウンは即座に始まった。
10。
男は俺を見ている。その視線に圧倒的な余裕を含ませて、俺がこの交渉を飲むことを確信している。
9。
俺は自分の胸に手をあてる。
アイツの声は、今も聞こえない。それもそうだ。あのクソ煩悩は今御子柴の体内に存在している。
なんでこんなことになってんだと聞いてやりたい気分だ。
アイツにも、御子柴にも。
8。
建物が小さく揺れる。
コンクリートの破片が頭上からパラパラと振ってくる。
そんなものを気にすることもなく、俺は男と御子柴を見ていた。
7。
思考が加速する。
最後の一瞬まで、俺に出来ることは無いか模索する。
道筋を立てて、論理を構築して、その先に答えを見出す。
6。
もう残された時間は僅かだ。
俺は意を決する。
5。
歩を進める。男と御子柴の居る壇上に向かって真っすぐに歩き始める。
壇上の男はより一層愉快そうな笑顔で俺の到着を待っていた。
4。
二人の場所が近づいてくる。
俺は御子柴を見据えた。
明朗快活そうな彼女が磔にされてる姿をこれ以上見ていたくはなかった。
3。
俺の目的は、あのクソ煩悩を取り戻すことだ。
それ以上でも、以下でもない。
その目的のために、俺はここに居る。
2。
俺は二人の前に立つ。
男は笑った。
俺の薄情さか、残酷さか。はたまたそれ以外の何かか。
1。
俺は御子柴に手を伸ばす。
その美しい顔に、桃色の髪を手でかきわけながら触れる。
男の声がする。
「良い選択だ」
「……俺に選択の余地はない。そう言ったのは、アンタだ」
「あぁ。その通りだよ」
俺がどうしたところで、御子柴は殺される。
俺が殺すか、この男が殺すか、その二択だ。
その結果は俺の選択では変えられない。
――そう。
「――俺の選択では、な」
「え?」
俺は、御子柴の耳元で叫ぶ。
「――――起きろッ!!!!!!!!!!!!!!!」
部屋中に響き渡るような声量で叫んだ。
我ながら耳を塞ぎたくなるような大声だ。
「――ッ」
御子柴の目が一瞬見開かれるのを視認する。
一瞬だ。
この一瞬に賭けるしかない。
御子柴は手足を麻縄で拘束されている。その縛りは常人には解けない強度であることは間違いないし、ましてや彼女は女子高生だ。この光景を目にするだけで悲鳴ものであろう。
男は今でこそ俺の行動に驚いて後れを取っているが、次の瞬間には俺と御子柴を殺しにかかるに違いない。解放されたこの男の荒魂装纏がどんな能力かなど知ったことではないが、その力が俺たち二人を容易く殺すことは想像に易い。
だから、この一瞬だ。
この一瞬で、俺はアイツを呼び起こす必要がある。
こんな状況を作り出して、俺たちを危険に晒した責任を取らせる必要がある。
そのための苦肉の策だ。
許せ、御子柴。
お前の正気をぶっ飛ばして、アイツを叩き起こす。
「……ッ、え、なに、ここ」
御子柴が目を見開いて、声を発する。
「え、久利、え、なに、あれ? 手足が動かなっ……て、あれ? 何で私ここに」
「は、はははッ! 面白い男だねキミは! どんな秘策があるのかと思いきや、まさか彼女を起こすだけとは。力の使い方も知らないこの女を起こしてどうするってのさ! ――いいよ、これで決別だ。殺す。この女もキミも、ボクが殺すッ!」
「ガチャガチャうるせえなあ。てめえは俺の煩悩が何たるかを全く分かってねえ」
「……あ? 何が言いたい?」
「――俺の煩悩ならこうすりゃ起きるってだけだ」
眼前の御子柴は尚も混乱した様子で、俺の言葉に部分的に反応する。
「あ、あんたアイツと知り合いなの? だったらこれとっとと外し――」
「悪い御子柴。一生恨んでくれ」
「はぁ? 恨むってなにッがッ――んむむっ!?」
俺はそのまま、御子柴の唇を奪う。
柔らかい感触と温もり。
彼女の吐息を感じる。
俺は、キスでアイツを叩き起こす。
「―――――んんっ!!! んんー!!!!」
暴れ狂う御子柴を手足の拘束が防ぐ。
傍から見れば立派なセクハラどころか犯罪行為であろう。
一生恨まれても良い。
一生蔑まれても良い。
ただこの窮地を御子柴と生きて帰るために、俺は俺の一生を捨てよう。
今度こそ、選び続けるために。
御子柴の何かしらの感情が最高潮に達したとき、何かが引きちぎれる音が聞こえた。
「――んっ、な、な、なにしてくれとんじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
――千切れたのは幸いなことに俺の手足ではなく、御子柴を縛る麻縄の拘束だった。
クソ煩悩の力がようやく呼び起こされたようだ。
解放された御子柴は両ひざに手をついて、肩で呼吸をしていた。
「御子柴、悪いが今は――」
瞬間、御子柴は素早く体を起こして、右脚で蹴りの姿勢を見せた。
――あ、俺死んじゃう!
「……ッ?」
御子柴の強烈な蹴りは、確かに振りぬかれていた。
しかしそれは俺の体を貫通してはいなかった。
「は、はは、そんな芸当……いッ、いい、蹴りだッ……」
その蹴りは、数メートル離れている男の腹部に命中していた。
俺ではない。御子柴をここに縛った灰色髪の男だ。
「……空間を無視した放出攻撃……は、はは、ますます興味深いよ、羅刹! やはりお前はボクが――!」
「――ッ!」
次の瞬間、御子柴は目にもとまらぬ速さで回転蹴りを繰り出す。
「……え?」
地面が大きく揺れる。
「え、何蹴ったの、おまえ……」
あたりを見回す俺は衝撃の事実に気が付く。
この階を支える4つの大きな支柱の内、3本が跡形もなく蹴り壊されている。
俺は言葉を失う。
え、これホントにあのクソ煩悩の力? え?
「御子柴、おま――」
「うっさい! 話は後! まずはここから逃げる!」
思ったよりはっきりとした口調で彼女は答え、俺の手を引いて出口へと駆け出した。
背後からあの謎の男が何かを叫んでいるようにも聞こえたが、落下したシャンデリアの轟音で掻き消えた。
代わりに、前を走る御子柴から時折叱責を受けることとなる。
「てか、アンタ後で絶対コロスから!」
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