第48話 器


 瞬間、男の体はどこからともなく現れた黒い渦に飲みこまれ、男の体を創り変える。

 渦の中から再度現れた男は漆黒のオーラを纏っていた。

 俺がよく知る変異の行程に言葉を失う。

 

「……な――」


「どう? これで伝わる? ……あ、でもボクのはあんまり見た目の変化無いから分かんないかな」


「ど、どうしてお前もそれを…‥」


「え? だから言ってるじゃん。キミとボクは似た者同士なんだって。つーか、魂の解放者あいつらに何を唆されたのかは知らないけど、キミは本来こっち側の人間なんだよ?」


「……どういうことだよ……」


「……ふうん、その様子だとホントに何も聞かされてないみたいだね……てことはまだ引き込める可能性もある、か……」


 腕組みして目を閉じる眼前の男。

 この瞬間にでも距離を詰めて一発こめかみにぶち込めばよかったかもしれない。

 だがしかし、俺はあの力の異常さを知っている。

 「荒魂装纏」の何たるかを知ってしまっている。

 未知への恐怖ではない。正しい認知が俺の行動を抑制する。


「よし、決めた」


「抜け殻であるキミに、羅刹を取り戻すチャンスをあげるよ」


「……はぁ?」


「――


「――ッ!?」


「キミの探し物——"羅刹"は今この女に宿ってる。キミがこの女を殺して羅刹を取り戻すんだ。そうすればキミをボクらの仲間に入れてあげる」


 男は御子柴の艶やかな髪を引っ張り上げて、彼女の顔を無理やりに俺に向けさせた。


「……どいつもこいつも正気じゃねえな。俺が御子柴を殺せば、アイツが帰ってくるってか?」


「そうだとも。本当はボクが彼女を殺して力を奪うつもりだったんだけど、気が変わった」


「マジで意味わかんねえ。御子柴を殺すとか、力がどうこうとか……アンタらの目的はなんだよ」


「キミと一緒だよ」


「は?」


「魅魂による願望の成就。それ以外ないよ」


「……」


「魅魂を生み出すためには、数多の崩魂を集める必要がある。でも、それ以上に必要な前提条件をキミは知っているかい?」


「前提条件?」


「そう、それが"器"だ。魅魂から溢れ出るエネルギーを受容し、自らの体内に蓄積できる入れ物。入れ物が無いんじゃ魅魂を生み出したところで何の意味もない、宝の持ち腐れだからね」


 まあ、キミは元々考慮すべきもないことだったから知らないんだと思うけど、と男は付け加えた。


 器。

 あのクソ煩悩に言われるがまま、ただ魅魂を生み出すことばかり考えていた俺には予想外の言葉だった。

 

「素晴らしいことに羅刹はその前提条件を満たしているんだ。無尽蔵のエネルギーを保存できる頑強な魂殻と、規格外の出力水準。しかも自我を持った荒魂なんて聞いたこともない。滅茶苦茶だよ、ホントに」


「随分嬉しそうに語るじゃねえか」


「ははは、当然じゃないか。だってその力が今からボクのモノになるんだ、笑わずにいられるかい?」


「……別に承諾したつもりもないが」


「そうかな? キミに選択の余地はないよ」


「キミがこの女から羅刹を取り出すことを拒否すれば、ボクがこの女を殺すまで。勿論キミもね」


「……」


 脳内で幾重ものシミュレーションを繰り返す。

 俺があの男を出し抜く方法。御子柴を助け出す方法。俺の手元に力を戻す方法。


 御子柴の命を守りつつ、あの男を打倒する手段。


 ……


 …………

 

 だめだ、必ずどこかが手落ちになる。

 御子柴が死ぬ。俺が死ぬ。

 あの男を出し抜けない。


「……本当はゆっくり時間をあげたいんだけど、こっちも色々忙しくてね。10秒だけあげるよ。キミが選ぶんだ。この女をキミが殺すのか、ボクに殺させるのか、ね」


 死へのカウントダウンは即座に始まった。

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