第53話 それぞれの戦い
一つ。
また一つ。
影が切り裂かれ、薄暗い部屋の中に消散していく。
影を切り裂くは一人の男が振るう剣。
黒い刀身に7つの宝石が埋め込まれたその剣は、魂の解放者の間で「七星剣」と呼ばれる至宝。
刃は魂の防壁ともいえる「魂殻」を容易く断ち切り、
埋め込まれた七色の宝石は、雲散霧消する魂の「残映」を吸収する。
いかに強固な魂もこの剣の前では無力。
――勿論崩魂もヒトも相違なく。
「――――――――――――――ァ!!」
断末魔と共に、崩魂が消えていく。
何処ぞの誰かの煩悩が、昇華することなく、
光り輝く剣に幽閉されていく。
「――隊長、これで一旦片付きましたかね」
諸星は、辺りの崩魂を一掃したのを確認してから剣を降ろし、振り返った。
喉元の汗を拭い、肩で息をしている。
随分体力を使ったのだろう。
それもそのはず。
当初の目的は久利功善のお供だった。
それが突然謎の敵からの襲撃を受け、気付けば防衛対象である久利功善の姿は無く、代わりに無数の崩魂が集うモンスターハウスに閉じ込められた。
崩魂とはヒトの煩悩が具現化したもの。
人にもなれば、化物にもなる。
生物にもなれば、無機物にもなる。
空も飛べれば、炎を吐くことも出来る。
その形や能力は千差万別。
――諸星が居なければ、もとい「七星剣」という掟破りのカードが無ければ俺の命は無かったかもしれない
東條はそう思いながら、
「あぁ、助かった」
手を挙げて諸星に返事をした。元々後方支援を得意とする彼の能力の関係もあって、四方を塞がれた部屋での戦闘は険しいものだった。
「マジ疲れた……でもおかげで、"残映"はアホほど溜まりました」
「"残映"は御魂を現界させるための大事な糧だ。悲惨な状況だが、悪いことばかりではないな」
「でも良いんですか? 俺ばっかりが残映集めちゃって……」
「構わん、もとより俺には残映を蓄える器が無い」
「……あー、あれですっけ。魂の容量がいっぱい、的な」
通常、残映を集めるには「魂の容量」が必要であるとされる。
「魂の容量」は「魂の余裕」とも言い換えられるものであり、基本的に一般人においてそれは微々たるものである。
その点、七星剣は剣自体が器となり残映を集めることが出来る。
「そうだ。とはいえ我々にとっては"誰が集めるか"はさほど問題ではない。それはお前も分かっているだろう」
諸星は七星剣を地に突き立て、その煌びやかな刀身を眺めながら言う。
「 "何を願うか" ですか」
東條は静かに頷いた。
魂の解放者という組織において、御魂の存在は希望そのもの。
「――御魂に願えば、どんな願いも叶えることが出来る」
一部の人間は、そんな馬鹿な話は無いと鼻で笑った。
しかしその言葉に、どれだけの人間が救われたのだろう。
勘違いでも良い、虚構でも良い、「縋れる何かがある」という事実が人の心に安寧をもたらす。
東條と諸星は互いの願いを知らない。
しかし、二人ともそれでよいと思っていた。
「――願いは語るに及ばず、成就を以て理となす」
なんとなく分かっていたからだ。
互いにやり直せない過去を、やり直そうとしているのだということが
二人は暫しの沈黙の後、部屋から出る方法を探り始めた。
諸星は部屋の四つの扉を叩いて回る。
時折、蹴ったり七星剣で切ろうとしたが見えない壁に阻まれて開かない。
「……ただの結界じゃないですねこれ。七星剣でも切れないですし、椎名みたいな"魂殻"の結界でもないときた……」
東條は美術館のやけに高い天井を見上げた。
建物の全体像は入館前から元々東條の頭の中に入っていたが、現在地を特定するのはそう簡単ではない。
「はぁ……困りましたね。アイツ、死んでたりしないですかね」
「我々は我々のベストを尽くすだけだ。結果は自ずとついてこよう」
「隊長っていっつも自信満々ですよね……失敗したら、とか考えないんですか?」
「失敗は……ない」
「断言……た、確かに隊長が失敗するとは思えないですけど、今回ばかりは――」
「……俺ではない」
「……? どういうことです?」
「……あの人が、特務隊長が戦況を読み違えることなどあり得ないということだ」
「……だ、だったら――」
「――――――ッ」
瞬間、二人の会話は途切れた。
音よりも先に感じる違和感、気配。
遅れてやってくる、その声。
「――やぁやぁ諸君、前菜はお楽しみいただけたかな?」
飄々とした声が広い部屋でこだまする。
東條と諸星は咄嗟に腰を落とし、部屋の四方八方を、そして自らの背後を警戒する。
「その様子を見ると少し、いや随分てこずったようにも見えるねぇ。メインディッシュはこれからだよ? 大丈夫?」
「――なっ」
「に――っ」
気付けば、
――謎の人影が、二人の間に伸びていた。
「……な、なんだよ……その顔……」
諸星の言葉を受けて、ソレは顔を向けた。
「あー、ヨロシク。秘宝クン」
全身を黒い甲冑で覆い、2本の大刀軽々と振り回すその姿。
額に二本の角を生やした鬼の仮面。
その奥に測り知れない邪悪を携えて。
魅魂≪ミタマ≫オーダー そこらへんの社会人 @cider_mituo
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