第29話 異変

 30分前。


 私たち女子バスケ部の門戸を叩いたのは、小柄な女子生徒だった。 

 紫がかった前髪は目元を少し覆い、どこか文化部的な雰囲気を漂わせていた。


「すみませ~ん、事前に連絡してた入部希望者なんすけど」


 準備運動とランをこなしたところだったので、部長である私が応対することにした。

 顧問の先生曰く「今日は大型入部希望者がくる」という話だった。


「あ、君が連絡くれてた……えーと――」


「一年の西川原にしがわらっす。帰宅部だったんすけど、やる気再燃しちゃって……あ、中学ではちょっと齧ってたんで、経験者っす。よろしくお願いします」


 礼儀よくペコリと頭を下げる彼女。

 彼女は準備がいいようで、シューズを持参していた。


「――って感じで活動してるの。で、私は部長の御子柴。よろしくね」


 コートの隅を歩いて、我々の活動場所に向かいながらバスケ部の活動紹介も兼ねた自己紹介をした。

 すると彼女は、


「あ、貴方が御子柴先輩っすか。噂はかねがね聞いてるっす! 深花高校のバスケ部を全国大会に導くエースだとか、バスケ部のみならず他の運動部からも助っ人の要望が絶えないらしいじゃないっすか。いや~こんなとこでお目にかかれるなんて光栄っすね~」


 聞きなれた賛辞。

 私もいつものように返そうとして、


「別にそんな大したものじゃ――」


「――まあ、ボクに言わせれば随分な過大評価だと思いますけど」


「……そ、そうだよね、私もそう思う」


 別に、私もそう言おうと思っていたのだから、先回りされただけ。

 ……でも、良い気はしない。


 ムッとしながら、私はそのまま彼女をみんなの元へ案内した。

 丁度、アップを兼ねた1on1練習を始めるところだった。


 その様子を見て、西川原さんはボソッと呟く。


「へ~、こんな初歩的な練習してるんすね……なんか、ボクでもすぐレギュラー取れそうっす」


「じゃあ、やってみる?」


 冗談のつもりだった。

 流石に一個下の、しかもバスケ部でも何でもない人間相手に負ける気もしなかったから。

 大人げないと思いつつも、私たちの頑張りを否定されているような気がして、つい言葉が喉をついて出てしまった


 しかし彼女は一切驚く様子もなく、即答した。


「いいっすね、やりましょうよ」


 続けて、私を挑発するように笑みを浮かべる。


「流石についこないだまで帰宅部だった、しかも後輩に負けるわけなんて、ないっすよねぇ?」

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