第28話 魅魂と魂の解放者

 魅魂みたま。それはあらゆる願望を叶える存在。

 

 俺は不意に、遥か昔に聞いた煩悩の軽口を思い出す。


 ――に必要なのは、無数の人間の魂ダ。形は問わねえが大量に必要ダ

 ――アァ? 生どうなるっテ?

 ――そんなの決まってるだロ、だけダ


 俺の眼前に立つ金髪二面性の美女。


 彼女は、魅魂の存在自体が抱える問題を理解している。

 その上で、俺に問うているのだろう。


 ならば、俺が猿芝居をする必要も無い。


「……アンタも知ってるんだな」


「あたりまえじゃん? じゃなきゃに所属してたりしないでしょ」


 、それはつまり彼女が所属していると「魂の解放者」のことか。


 魂の解放者――なるほど、言い得て妙だな。


「私は一人じゃ何もできないから、自分を偽ってでも誰かを頼る。あなたも含めてね」


「俺もか」


「そ、だからここに呼んだの。協力してもらうために」


 協力。良い響きだ。


 誰かと手を合わせ、力を合わせるということは、きっとそれ自体は素晴らしいことだろう。


「でも」


 と、彼女はその言葉に但し書きをする。


「でも、最後に願いを叶えるのは他の誰でもない私。――邪魔はさせないから」


「……」


 どこかで聞いたようなセリフを吐かれる。


 なに、なんで皆攻撃的なの。酷くないか?

 久々の登校でどうしてここまで邪魔者扱いされねばならんのだ。

 とはいえ、ここで怯んでも居られない。


「邪魔するつもりはないが、俺の知り合いを殺すのは頂けねえってだけだ」


「殺す……?」


 なぜか頭上に「?」を浮かべる椎名。


 生きた人間が魂を奪われればどうなるか。

 答えは単純、死ぬだけだ。

 つまり、魂の解放者は葉佩を殺そうとしている。そういうわけだ。


 その前提を踏まえてこの回答を聞くとサイコパスだろ。


「いや、だからお前らがやってるのは人殺しと一緒だって――」


「? 何言ってんの?――って、あ」


 会話がかみ合わなくなってきたこのタイミングで、椎名の持っていたスマホが鳴り出す。軽快で短いそのポップ音は、何かを通知する音に違いない。


 椎名はスマホに視線を移したまま、俺に言う。


「見て」


「え?」


「見てって」


「何を……?」


「はぁ? そんなの分かるでしょ? ちょっと返信するから先見てて」


 いや分かんねえよ!

 と内心ブちぎれながら、俺はスマホに目を落としている椎名に焦点を合わせる。


 薄暗がりの中でも輝きを放つ金色の髪、色白の肌。

 上向きの睫毛、シュッとした鼻筋にぱっちり二重。


 ふむ、控えめにいって美人が過ぎる。


「綺麗だな」


 瞬間、彼女が顔をあげてこちらを見た。


「――は、はぁ!? な、何言ってんの?」


「え? いや、綺麗だな、と……」

 

 感想を求められているのかと思ったので正直にお伝え申したのだが、なぜか椎名はどぎまぎしている。


 一体何と答えるのが正解だったのだ。

 ここら辺も、人とのコミュニケーションを疎かにしてきた俺の良くないところだろうな。

 

 反省する俺に椎名は檄を飛ばす。


「わ、私見てどうすんのよ! バカじゃないの!? つうかそもそも綺麗とか急にうっ、き、キモいんだけど!!!!」


「え、違うの」


 え? 違うの?(二回目)


「当たり前でしょ! 私じゃなくて、あっち! 一階の方!」


「……じーざす……」


 マジで意味わかんない!

 と、まくし立てるように騒ぐ椎名を背に、俺はコートを見下ろした。

 俺もマジで意味わかんない……


 言われるままに、一階へと視線を向ける。

 手前のコートでは女子バレー部が男性コーチにしごかれている。至近距離から放たれる強烈なスパイクを必死にレシーブしようとする彼女らの姿は健気だ。

 奥側のコートでは女子バスケ部がコートの一部を使ってミニゲームをしているようだった。いわゆる1on1という奴。

 といはいえ、1on1はミニゲームとしての側面が強く、「練習」としてするものではない気もするが……如何せん俺に高校生の部活動に関する知識など皆無なのだから思考するだけ無駄か。

 他には細々と活動する卓球部とバドミントン部くらいだ……


 結局、椎名の意図するところは分からず、諦める。


「……俺は一体何を見せられているんだ……? 健気に頑張る生徒を見て自らの劣等感を煽れば良いのか……?」


 椎名は少し落ち着いたのか、なぜか乱れてしまった髪を直していた。


「訳わかんないこと言ってないで、よく見て」


「いや、よく見たって変わらねえよ……」


「もー。あそこだって」


 椎名が俺にも分かるように、指を指す。

 その綺麗な指先が示す場所を、目で追う。


 指されたのは、女子バスケ部たちがいる奥側のコート。

 ミニゲーム中の数人だ。流石というべきか、全員そこそこ背が高い。


「ううん? どこからどう見たってただの部活動中のコートだが――」


 瞬間、


 俺は、その異変に気付く。


 先ほどまで気付かなかった、明らかな異変に驚く。


「……は、なんだよ、あれ……」


「見えた? ――始まった、って感じでしょ?」


「始まった……? 何言ってんだよ……」


 俺が見た光景。


 それは、一人の生徒を包む

 周囲の人間たちはその異変に気付いているようには見えない。


 だがしかし、あれは間違いなくでありである。


 ――そう、俺が何度も見てきた""と同じ。その片鱗。


「ん? 臨界見るのは初めて? 意外」


「り、りんかい……?」


 椎名も同じ異常を見据えているはず。

 だというのに彼女は落ち着き払っていた。


「あれは、崩魂が生まれる瞬間。崩魂が人の心を喰いつくし、人の体から旅立つ合図」


「そして――のお仕事の時間」


 気付けば、彼女は観客席の手すりの上に居た。

 細い手すりの上で、スラリとした彼女の体がバランスよく立っている。


「約束通り、見せたげる」


 言葉を失う俺の前で、彼女は又もあの言葉を呟いた。


「――――」


 そして、彼女はそのまま一階へと

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る