第27話 魅魂
金髪ツインテールギャル椎名南に連れられてやってきたのは、第二体育館だった。
それもバレーボールやバスケットボールのコートがある一階ではなく、二階の観客席。部活動に勤しむ生徒たちの声がキャッキャと聴こえてくる。
1階とは対照的に、ガラリとした2階の観客席の通路を椎名は突き進む。
「なぁ、何を見せてくれるか、そろそろ教えてくれないか?」
椎名はさっきからずっとスマホに目を落としたまま。
そんな長いキラキラネイルでどうやってミスなく操作しているのか聞きたいところだ。
「んー、もうすぐ分かるから待ってなよ」
相変わらずテキトーな返答である。良いものを見せてくれる、という甘く怪しい言葉に釣られて付いてきたのだが、ミスったかな。
なんかこのまま体育倉庫とかに連れ込まれて、黒服の怪しい人が出てくるとかもありそうだもんね、あれ? めっちゃ怖くね? それ。
そんな俺の不安をよそに、薄暗がりの二階観客席の中央で椎名はようやく立ち止まった。そして観客席の手すりに寄りかかるように両肘をつく。
「くりちっちてさ――」
「――久利だ」
「……くりち――」
「――久利」
「……はぁ……めんど……」
椎名は大きなため息をついた。
俺の再三の反抗に、ようやく折れてくれた様だった。
「……てかよくよく考えたら、キミには昨日の私見られちゃってるし、隠す必要もないか」
言って、彼女はこちらを見る。
――両サイドの髪の結びを解きながら
――優しさも慈悲も一切ない、ただ殺伐とした美しいだけの表情で――
「ね。私こっちの方が楽だから、いいよね?」
そう言って、冷笑した。
背筋がぞくりとした。
先ほどまで誰彼構わず振りまいていた笑顔や明るい雰囲気などは跡形もなく消えさり、残ったのは虚ろな目。
俺を見据えながら、その先に虚無を見ている瞳。
「……え、なに?」
虚ろな視線をこちらに向けたまま、彼女は俺に問う。
「……いや、ビックリっつうか、シンプルにこえーなって……学校ではもうちょいこう、なんていうか……」
「いいよ、気遣わなくて。……愛想ないでしょ、今の私」
俺に有無を言わすことなく、彼女は続ける。
自身の煌びやかなネイルを汚物でも見るかのように眺めながら。
「学校とか皆と話すときに見せてるのは偽物の私。別にこんなネイルなんか好きじゃないし、ツインテールだってホントは恥ずいし、自分のこと椎名ちゃんとかいうのも痛いし、ホントは嫌」
俺には彼女が冗談を言っているようには見えなかった。
別に、だからどうだという訳でもないが俺にとっては理解に苦しむ行動だ。
「……なんでそんなことを?」
「なんでって、楽だから? かな。人付き合いは嫌いだけどさぁ、人あたりは良い方が人生有利じゃん? 先生も友達も、周りの人は全員協力的になるし、ちょっと苦労すれば後々甘い蜜が吸えるんだって思えばコスパは悪くないし」
「……そういうもんか」
年中引きこもり。完全自分オンリーワールドで過ごしていた俺にはまだ理解できない領域だ。
だが、彼女の言葉には実体験ゆえの言葉の重み、みたいなものを感じた。
俺の想像し得ない苦労や苦痛があったことは確かなのだろう。
自分を偽ることで得られるメリット・・・ね。
「そういうもんだよ……ほんっとクソみたいな世界」
彼女は吐き捨てる。
経緯や見解に多少の相違はあれど、概ね同意見だ。
「だから私は、偽りの私と一緒にこのクソみたいな世界をぶっ潰す」
「……へ?」
え? なに? ぶっ潰す? 何その物騒な言葉。
思わぬ言葉に、俺はポカンとしてしまう。
数多の生徒たちが縦横無尽に駆けるコートに視線を降ろしながら、彼女は言う。
「――それが、私が魅魂を求める理由」
「みたま……」
一瞬、知らないフリをすべきかと思った。
俺が知っている " 魅魂 " の存在と、彼女が発した言葉の意味が必ずしも合致するわけではない。で、あれば不用意に俺が情報を漏らすべきではないか。
しかし、逡巡している間もなく彼女は再度俺を見据えて言葉をつづけた。
「キミも知ってるんでしょ?
完全無欠の魂にして、あらゆる願望を叶える万物の祖なる魂
――魅魂のことを。
そして、魅魂を完成させるためには、人の魂が必要だってことも」
魅魂。それはあらゆる願望を叶える存在。
人の魂が形作る、人ならざる者の魂。
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