第26話 二面性
「ごめんっ久利くん! 今日一緒に帰れそうにないや」
そう言って頭を下げ、手を合わせる葉佩。
「……え、元々一緒に帰る予定だったっけ?」
下駄箱から取り出した靴を持ったまま、俺は固まる。
長く苦しい一日を終え、とっとと帰宅しようとしていたところに葉佩が駆けてきたのだ。随分長い距離を走ってきたのか、葉佩は肩で息をしていた。
「あ、あれ、ごめん、もしかして僕の勘違いかな。久利君とは何かと縁があるし、一緒に帰れるのかなあ、なんて思ってたたんだけど……ははは……」
と、ものすごく申し訳なさそうな顔で葉佩が言っているのを見て、俺もいたたまれない気持ちになってしまった。
期待は同じ質量の絶望にもなりうる。
俺は下駄箱をゆっくりと閉じながら逡巡した後、言葉を返す。
「――まあ、今日は俺も疲れたし、はばっ……リョウも予定有るんだったら、また明日以降にしようぜ。一緒に帰るの」
俺の言葉に葉佩はきょとんとした顔を見せた。
「へ……いいの?」
「いいの、っつうかまあ、俺どうせ一人だし、一緒に帰ってくれるってんなら断る理由もない」
俺はボッチではあるが、好きでボッチなわけではない。
来るもの拒まず去るもの追わず、である。
「やっぱり久利君は優しいね……」
しみじみと呟く葉佩。
……何がどうやっぱりなのか。
聞いてみたい気持ちはぐっとこらえる。
ここに、下校を共にする友が一人出来たのである。
歴史的瞬間だ。
「――で、何か用事あるんじゃなかったけ? 急がなくていいのか?」
「っあ、そうだった! ちょっと御子柴さんに頼まれて体育委員会の雑務をやらないとなんだよね」
「御子柴……」
その独特な名字には聞き覚えがある。
体育の時に俺に突っかかってきたスポーティーな女子だ。
「なんでも、バスケ部に大型新入部員が来るとか何とかで。御子柴さん、バスケ部のキャプテンだから強制参加らしくてね」
「ふーん。……で、リョウが委員会の仕事を肩代わり、と。大変そうだな」
「んや、そうでもないよ、御子柴さんとは付き合い長いし、僕も色々助けてもらってるから、持ちつ持たれつって感じかな」
友のためなら当たり前、と言わんばかりのあっけらかんとした顔で葉佩は言う。
……なるほど。
葉佩と御子柴は、それ相応の友好関係で結ばれていることは確かのようだ。
俺なら、訳わからん雑務を押し付けてくる友人など友人とは思えないし。
……いや、単に俺にはそんな気の置けない友人がいたことがないだけなのかもしれないが。
そんなことを考えながらも、俺はもう少し踏み込んだことを聞いてみることにした。
「……ちなみにさ
――御子柴さんってどんな人なんだ?」
*** *** ***
葉佩との話を終え、校舎を出る。
冬の放課後ということもあって、もう夕暮れ時だった。淡い橙色の光が優しくも眩しい。
『相棒、アイツのこと放っておいていいのか?』
外に出るや否や、俺の中の煩悩が声を発する。
「別に大丈夫だろ、日中も何も起きなかったし、もう校内にあいつらの気配はねえよ」
こう見えて今日一日、魂の解放者とかいうあの3人組が、いつ葉佩を襲うのかと気を張っていたのだが、何ら動きは無かった。
昼休みに屋上で東條と話したおかげなのか、それとも単なる気まぐれか。
どちらのせよ、狙い通り彼らの動きを牽制出来てはいるようだった。
むしろ問題は、もっと別のところにある。
『じゃあ、アレはまた別モノってことか』
厳かな校門から一歩出たところで、思い出したかのように煩悩はそう言った。
「……アレ?」
意味深な言葉が気にかかり、聞き返す。
しかし、煩悩の返答はなかった。
「……おい、なんだよ、あれって」
尚も返事は無い。校門を数歩出たところで、俺は立ち止まる。
「ちっ……無視すんなよ、おい――」
「――ねー、何ぶつぶつ言ってんの? 椎名ちゃん怖いんだけど・・・」
「……oh……」
横から声をかけてきた誰かを、見るまでもなく特定する。
自ら名乗ってくれたのだから、これ以上分かりやすいことは無い。
椎名。彼女は自らを椎名と名乗った。
「昨日も思ったけどキミって独り言多くない? 椎名ちゃんの前でそういう電波みたいな行動やめてよね~」
魂の解放者どもが「校内に居ない」とは言ったが、まさか「校門前に居る」など、誰が思おうか。
椎名――魂の解放者が一人。金髪ツインテールの刺客。
彼女は校門前でスマホを俊敏に操りながら棒立ちしていて、何かを待っているようだった。
「……待ち合わせか?」
「んー、まあ、そんなとこー」
椎名はスマホに視線を落とし、一切こちらを見ない。
「待ってるのは東條か、あの金髪ヤンキーか……」
「ちょ、やめてよー、あんな自己中感満載の奴らのこと待つわけないじゃん。椎名ちゃんが待ってるのはマブ中のマブダチだっての~」
「ま、まぶた、ち……?」
まぶだちってなんだ?
マックのエグチ、ダブチ的なあれか?
あまりに聞きなれない言葉におどおどとした言葉を返してしまった。
「え、マブダチもわかんないの? ウケんだけどw」
「……ウケんな」
怯む俺の前で、
ピロン、と椎名のスマホがバイブレーションと共に鳴る。
椎名はその画面を暫し凝視した後、ようやく俺の方を向いた。
「――ちょうどいいや」
「ねぇ、良いもの見せてあげよっか?」
「良いもの?」
「そ、私たちのお仕事、みたいな?」
「お仕事ってなんだ、葉佩を襲うことか?」
俺の嫌味っぽい言葉に、椎名は大きくかぶりを振った
「違う違う~あれは特例中の特例だっての~。私たちの本来の仕事はもっと安心安全、人々の魂の安寧を守るためのものなんだから~」
なんだその怪しい宗教団体みたいな表現は。
魂の安寧。
……気になる。
「……折角だし、見せてもらうとするか」
「いいよ~ん。じゃ、代わりにパフェでも奢ってね」
「……え、見返り求めるのか?」
「あったり前じゃ~ん。ただで情報提供するわけないっしょ」
……パフェのためなら情報提供するのは許容なのか
と言いたかったが、揚げ足を取っても仕方ないので、俺は渋々承諾する。ポケットのサイフには3000円ほど入っていたはずなので、大体のパフェなら支払えるだろう。
勿論、普段パフェとか食べないから相場は知らん。
椎名はそれまで寄りかかっていたどでかい柱から体を離し、案内するかのようにゆっくりと歩き始めた。方向は、俺が出てきた場所、つまり校舎方面ではあったものの、玄関からは逸れた方角だった。
こっちにあるのは特別実習棟と第二体育館くらいのもんだが……
行き先を予測する俺。
椎名は後方の俺をチラ見しながら、問いかける。
「じゃ、行こうか、えーと……なにっち?」
「……たまごっちみたいにいうな、俺は久利だ」
「じゃ、くりっちで」
「だからたまごっちみたいにいうな!!!」
「くりちっち」
「メッチャ居そうだけど!!!!」
なぜか畳みかけられるボケを裁きながら俺は彼女の後ろを歩く。
「あ、私は椎名南だからぁ、シイナッちでもミナミッちでもいいよん」
そう言って、夕暮れに映える小悪魔のような笑みを浮かべる彼女。
キラキラとしたネイルと共に俺の眼前に映る、余りにも華美なその光景に、少しめまいがした。
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