第25話 護衛

「――リョウと、どういう関係なわけ?」




 あれ?



 ・・・思ってたのと、なんか違うな。




「さっきも言ったろ、顔見知り程度だ」


「いーや、リョウのあれは顔見知りにする目じゃなかった」


「・・・なんだよそれ」


「リョウのことはなんでも知ってるの」


 

 その言葉に少し違和感を覚えた。


「・・・随分な自信だな。俺に言わせれば、他人のことなんて理解することはおろか、理解できたと思う事すら烏滸がましい気もするが」


 俺の棘ある言葉に、御子柴という女子は鋭く反応する。


「は?――文句、あんの?」


 刺すような視線。こわいって。


「・・・文句っつうか、ただの意見だ」


 そっぽを向きながら、俺は必死の抵抗を見せる。


 そんな時だった。


「おーい! ボール行ったぞー! 頼む~!!!」


 声の方を振り向いたときにはすでに遅し。


 俺の頭上にボールは飛来していた。



「――――ッ」



 ボールを受け止める準備も、蹴り返す意気もなかったに出来ることなど無かった。

 

 しかし、ここで退いては今度こそクラスの皆から白い眼で見られることだろう。


 そして何より、このいけすかない女子生徒の前で格の違いというものを見せてやろうではないか。




 ――かくなる上はッ!!!!!




 

「荒魂装テ――」



 しかし、俺の力の解放よりも先に、




「――えいっ」



 彼女は、



 先ほどまで頭上にあったはずのサッカーボールを自らの胴前に収め、華麗な胸トラップでその勢いを殺す――


 ――そしてそのまま着地したと思いきや、ボールを地に付けることもなく、ワンタッチでしなやかな左足の振り抜きを見せる。




「――やッ!」



 かわいらしく、それでいて気合の入った声。

 ボールが弾む軽快な音と共に、真冬の風を斬る豪快なシュートが美しい弧状の軌道を描きながら、ゴールネットに吸い込まれていった。


「な、なんだ今の・・・」

「流石女帝・・・」

「曲がり方えっぐ・・・」


 両チームの選手が感嘆の声をあげる。


 俺も唖然としていた。


 え・・・何今の。


 俺、プレミアリーグの名ゴールシーン集でも見てる? サッカーって言うかもうアニメの世界だったよね今のシュート。キャプ翼っていうかイナイレ的な動きとシュートだったよね・・・?


 さらりと桃色の髪を揺らして、彼女は再度俺の方を向いて言う。 


「別にアンタがリョウにとってどんな存在なのかは私には関係ない。興味ないし」


 でも、――と。


「私たちの居場所を壊そうってんなら、容赦しないから、私」


 ・・・いや、こえーよ。


「そんなつもりはさらさらねえよ」


「どうだか・・・私ね、アンタみたいな一匹狼気取った奴が嫌いなの。そういう奴が私らに近づくのが許せない。リョウは優しいし、気も遣えるし、その癖どっか抜けてて、愛嬌があって、母性をくすぐる・・・そんな子なの。だから、あんまり気安くリョウに近づかないで? 悪癖うつっても困るし」


「・・・母親みてえだな」


「私ら家族みたいなもんだから、当然じゃない?」 


「・・・」


「じゃ、言いたいことは言えたから戻るね。ばいばい、――お邪魔虫くん」

 

 とんでもなく酷いことを言いながら、すがすがしいほどの笑顔を見せた彼女は自チームのコートへ小走りで戻っていった。


「家族ねぇ・・・」


 ぼんやりとその後姿を眺める俺の脳に、煩悩が割り込んでくる。


『――気付いたか、相棒』


「・・・あぁ」


 彼女が俺に近づいた瞬間から明確に感じた、


 ――煩悩が魂に寄生し、そして魂そのものを喰らい尽くした結果。

 その予兆が、彼女からひしひしと感じられた。


 ――間違いない。


 しかし、その原因はなんだ。

 俺に見せたあからさまな嫌悪に起因する何か、――

 ――仲良しの友達をポッと出の人間が奪おうとしているから?(そんなつもりは毛頭ないが)


 ・・・いや。


 それはきっかけに過ぎない。


 本来、魂は昨日今日で揺らぐものではない。

 長い時間をかけて、当の本人もその変化に気付くこともなく、いつの間にか魂が煩悩に乗っ取られる。そういうものだ。


 であるならば、彼女から感じた崩魂の気配は、

 の結果。


 ――いうなれば、時限爆弾のタイムリミットが少し早まった程度のことだろう。


 どうやら早速、煩悩の王の洗礼を浴びることになりそうだ



*** *** ***



 ピピー!



 長い長い試合の終わりを告げるホイッスルの音と共に、先に終わっていたと思われる卓球組が俺の視界内にぞろぞろと現れた。

 卓球は校舎から出て少し離れた第二体育館で行われるらしく、必ず俺たちの居るこのグラウンドを経由する必要がある。


 疲労困憊ながらも俺は卓球組に目を向ける。

 そしてその集団の中に、彼は居た。


「あ、久利くーん! サッカーやってたのー?」


 純真無垢な笑顔で、葉佩がこちらに手を振りながら近づいてくる。


「・・・あ」


 そして案の定、それを体で遮るは運動神経抜群な彼女。


「リョウ、次の授業移動教室だから急ご、ほら」


「あ、御子柴さん、でもちょっと彼に用事が――」


「彼も次の授業で忙しいみたいだし、またにしてあげたら?」


「え、そうなの? 久利くん」


「ねえ? 久利功善くん?」


 笑顔の奥に感じられる邪気。

 ウチの子に近づくな、と言わんばかりの威圧感。


 ・・・・・・癪だな。


「・・・また、後でな」


 俺の言葉に葉佩はまたひときわ明るい笑顔を見せた。


 あいつもあいつで何で俺にあそこまで親しみを持って接してくれるのか、良く分からんが。


 少なくとも、悪い気はしないのだけは確かだ。


『ところで相棒、なんでさっき、荒魂装纏しようとしたんだ?』


 二人の姿を見送りながらとぼとぼ教室へと帰る俺に、煩悩が問いかける。


「・・・ボケのつもりだったんだが、よく考えたらツッコミいなかったわ」


『ツッコミ?・・・なんだそれは』


「・・・・・・だる・・・」


 俺の長い長い一日が、ようやく終わろうとしていた。

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