第32話 選ぶということ

 刻一刻とタイムリミットは近づいている。


 目の前に湧いて集う崩魂たちの群れ。

 

 背後で争う他人みたいなやつら3名。

 彼女らの戦いも一進一退。どちらに転んでも、どちらかがその存在を消滅させることになる。


 いけすかない御子柴とかいう生徒。

 彼女が崩魂になったところで、その結果彼女の魂がこの世から消し去られたところで、俺の人生においては何ら影響などないだろう。


 彼女がいない明日も、きっと俺にとってはいつもの明日だ。

 俺に彼女との関わりなど無いのだから。


 金髪のギャルもどき、椎名にしたってそうだ。彼女が崩魂に敗れて自らの命を落とすことになったところで、俺に何の変化がある。


 ――


 何もない、何も関係が無い。

 俺はいつだって部外者で、蚊帳の外で、輪から外れている。


 この展開の結末に、俺の人生に関わる部分なんて、何一つありゃしないのだ。


 鬱屈とした思考の中に、拍車をかけるように煩悩が言う。


『相棒、ずらかるなら今の内だぜ、結界なら俺様がぶち破ってやる。とっとととんずらして夜に備えようぜ。俺たちはいつもと変わらねえ生活で良いんだ。世界の変化なんて俺たちにとっては些細なもの。俺たちはいつだって手の届く範囲で生きてきたんだ、これまでも、そして、これからもな』


「……」



 背後で、誰のモノかもわからない悲鳴が聞こえる。


 椎名のモノか、御子柴だったものの声か、それとも別の誰かの声か。


 俺には、分からない。



 ――俺には、



『選べよ相棒、本当に引き返せるのは、今この瞬間だけだぜ。オマエの目的はなんだ、思い出せよ。こんなところでママごとに付き合うことか? 違うだろ。あんなもの、群がる雑魚にでも食わせておけばいい』


 俺の眼前でむくむくと膨れ上がっていく崩魂の集合体は既に俺の体躯を優に超え、大きな一つの化物になっていた。

 

 俺を覆い尽くすような体躯の中心に、力が集まっていくのが分かる。


 崩魂たちの攻撃手段、――


 自らの魂そのものを一点に集中させた後、勢いよく爆発させる。その魂の破片は人の体など容易に切り裂き、その傷跡から煩悩の種を植えつける。


 煩悩の種は人の心に住み着いて、心を喰らい、魂を喰らい、そして一つの自我を咲かす。


 御子柴ミカに宿った崩魂のように、もう一つの自分になろうとする。


 崩魂はそうやって生まれるのだと聞いていた。


 聞いてはいたが、それでも見るのは初めてだった。


 御子柴ミカが、一人の人間の魂が、崩れる瞬間。

 そしてその現実。


『相棒、あんまりもたもたしてる時間はねえぞ』


 俯く俺に、思考が、魂が、力を貸してくれない。


 俺は、何かを迷っている。


 でも、その先に踏み出す道理が無い、責任が無い。


 この手を伸ばせば掴めるかもしれない答え。


 でも俺にはその回答権がない。


 俺は彼女にとっての何でもない。

 割り込んで、その先で何を成したいのかも分からない。


 御子柴ミカを止めたいのか? 滅したいのか?

 椎名南を助けたいのか? 見殺したいのか?


「……俺は……」



 …‥‥



 ………………




 ………………………………‥………


 

 ……俺は、アイツに「何」を見たんだろう。





 ――御子柴さんがどんな人かって?





 ――うーん、いきなり聞かれると、難しいなぁ……うーんと、えぇ~と……





 ――ご、ごめん、やっぱ簡単には出てこないかも……あっ、でも思いつかないとかじゃないんだ、その、えーと、要するに……簡単に言い表せるものでもないかなって……


 


 ――実際は違うんだけどさ、きっと、御子柴さんに聞かれたら笑われちゃうんだろうけどさ、でもっ……








 ――「家族」みたいだなって、思う時があるんだ


 





 ――家族




 ――空っぽの魂に、何を求めているんだ、俺は。

 

 理由や同義などあるわけもなく、必要性もない。


 俺は、空っぽらしく、空っぽのまま、全てをこの手で掴むんだ。

 

 誰かのためじゃない、誰かのせいじゃない。





 ――俺は俺自身のために、この手を伸ばす。




「……なあ、クソ煩悩」


『あぁ? 結論は出たか? クソ人間』


 今にも爆発しそうな崩魂の体の前で、俺はゆっくりと顔をあげる。


「……お前、俺の煩悩なんだよな」


『……まあ、端的に言えば、だがな』



「……なら、とっとと準備しやがれ」



「――俺の決断くらい、読み取ってみせろ――」



 気付けば、


 右手の拳は、




 ――既に強く握りしめられていた。




「荒魂装纏――――――羅刹ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 崩魂の力が集ったその一点を目掛けて、俺は勢いよく右ストレートを放つ。




「‐‐‐ーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 瞬間、崩魂の中心部に撃たれた右拳は、崩魂の体を粉々に吹き飛ばした。



「――――‐‐‐‐‐」



 音も声もなく、群がった集合体の崩魂は消えていく。



 背後では、尚も彼女らが争う声がする。轟音がする。





 俺は、関わることを選んだ。



 選ぶことを、選んだ。




 俺は、俺の煩悩に従うだけだ。




「――飛ばしていくぞ、クソ煩悩」


『どーせ、んなことだろうと思ったよ、どうぞ、ご自由に』


 呆れたように言う煩悩の声は、少しだけ楽しそうだ。


 流石、俺の煩悩である。

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