第31話 迫る刻限
「なんだよ、こりゃあ……」
俺は第二体育館の二階、無人の観客席で呆然と立ち尽くす。
先ほどまで、部活動に精を出す生徒たちで賑わっていたはずの体育館が、その様相をガラリと変えていた。
……視界に映る全てが、まるで海底にいるかのように淀んでいる。
ついさっき金髪の美女、椎名南が飛び降りたところで目を瞑った。
んで目を開けたら、この有様だ。
さっきまで見て居た景色となんら変わっていないはず……なのに。
コートのネットや、宙に浮かぶボールや今にも動き出しそうな生徒たちが全て、
――止まっていた。
時間が止まってしまったかのように、ピクリとも動かない。
「何が起きてんだ……」
誰に問うでもなく、消え入るように呟く。
『結界、だな。あの女、回復術技に加えて結界術まで出来るとは……厄介な奴だ』
そんな俺に呼応する声。
にゅっと俺の頭上に現れる黒い煩悩。
その口調はいつになく真剣だ。
が、――
「……てめえ、いっつも肝心な時に出てこねえ癖してカッコつけてんじゃねえぞ……」
ここぞという時に黙りこくるクソ煩悩が。
と付け加えておいた。
訳の分からんタイミングで出てくるな。
『ケケッ、まあそういうな。これでも相棒の楽しい学校生活とやらを邪魔しないように、節度を保った行動を心がけてるつもりだぜ』
「お前に節度なんか求めたことは一度もねえ。役に立ってほしいときに役に立て、それ以外は不要だ。アホ煩悩」
俺の言葉に、煩悩は声高らかに笑った。
『ギャハハ! 随分な言われようだな、全く。……だがいいぜ、オマエのそういう正直すぎる所、気に入ってるんだ』
「別にお前に好かれたくなんかねえよ。とにかく、今何がどうなってんのか教えろ。こりゃ一体なんだ、皆固まっちまってる」
『何が起きてるって、見りゃ分かんだろ――」
「は? どれだよ――」
瞬間、体育館中に鼓膜を突き破るかのような爆音と暴風が発生する。
「――――――――――――ッ!!!!!」
音の先、暴風の発生源。
そこには、先ほど見た異常。
黒紫のオーラを纏う、人の形を半ば保っている、異形の何か。
……御子柴ミカ、だと思われる異常。
彼女の容貌は既に人のそれを逸し、ショートカットの髪の毛は枝分かれし、各々が蛇の頭を象る。蛇の頭には真っ黒な炎が灯り、一本一本が長い棒のようにしなりうねり、体育館の中で圧倒的な存在感を誇っている。
一言でいうなら、メドゥーサみたい、だろうか。
アニメやゲームの世界でしか見たことのない、人の形をした人ではない何か。
俺が幾度も見てきたはずの異常が、尋常に混ざり合った姿に、困惑する。
そして、対峙するは金髪の美女と、小柄な女子生徒。
椎名南と……あれは誰だ?
目を凝らせば凝らすほど、その戦況がよく見える。
御子柴ミカの蛇と化した髪が、彼女らを執拗に襲っていた。
ついばむように、地を抉るように、轟音と共に、猛攻撃を仕掛けている。
二人はそれを避けながら接近し、光り輝く何かを振りかざして攻撃している、ようにも見えた。
『これは戦いだ、魂と魂のぶつかり合い。魂同士の根競べ。命がけならぬ、魂を懸けた勝負だ』
「魂を懸けた勝負……」
『あぁ? 察しが悪いな相棒。俺たちが散々潜ってきた死線と同じだ。勝てば生き、負ければ死ぬ。そういう世界だ』
「ま、待ってくれ、でもあれは……あの崩魂は……」
『ありゃ随分大物だな。嫉妬に滾る多頭の蛇だ、おっかねえぜ』
「……そういう意味じゃない、あいつは――」
俺の言葉に出来ぬ感情を、煩悩は一蹴する。
『てめえの顔見知りの友達、ただの他人だ。……違うか?』
……返す言葉は見つからない。
そう。俺と御子柴ミカという人間の関係性は「他人」である。
そこに、意味は無い。
何かを成す同義や義理は無い。
例えそれが命を奪う戦いに放り込まれた彼女への同情であったとしても。
『いいか相棒、この結界の中に居られるのは理を逸脱した魂だけだ。別にここに居たっていいことはありゃしねえ』
煩悩の言葉を裏付けるかのように、俺が立ち尽くす観客席の周囲から、奴らの気配がした。
――そう、崩魂たちの気配。
観客席の椅子の裏から、体育館の柱の陰から、窓の桟から、至る所から、無数の崩魂が湧いて出てくる。
全員が小粒な崩魂たち。きっと取るに足らない者たち。
だかしかし、塵も積もればなんとやら、彼らは身を寄せ合って、徐々に一つの大きな塊になっていく。
刻一刻とタイムリミットは近づいている。
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